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吠えるセウル、変わらぬアイン

 一言で現すのであれば、裏切られた。それだけである。

 馬車の中、自分と笑ってやり取りをしていたのは、化け物。それも、人間を不幸に陥れる……。ずっと正体を隠し、騙し……。


(本当に、本当にこいつは……)


 共に過ごした日々はなんだったのか。見た目から、完全に騙された。


(平気で騙し……。悪魔そのものだ……!)


 どくどくと怒りによる熱のせいか、血の巡りだけではなく、心臓もうるさい。なぜこの音に誰も反応を示さないのか、不思議なくらいだ。

 セウルが一番怒ったのは、正体を偽っていたことではない。悪魔の書を配れと命じられ、人間界に来たことだった。


(ずっと人間界にいるってことは、配っていたんだろ? 俺の母ちゃんと父ちゃんを殺した、悪魔の書を!)


 だがなにから言えば良いのか分からず、口が動かない。口よりも早く、脳内が回転を止めない。


「つまり悪魔の王は、悪魔の書や、そうと疑われる書を処分していることを、苦く思っていると?」

「…はい。悪魔は人間の血を引くか、強い力を持っていないと、自らの意思だけで人間界へ渡ることはできません。神が人間を守っているから……」


 またも初耳の情報に、心を静めようと、ついアインはあごひげを撫でる。だが今まで明かされなかった情報の数々、長年心に巣食っていた少女の娘。冷静を保つことが難しい状況だった。

 長年聖職者として働き、数々の相談も受けていた。そのため胆力はあると自負していたはずだが……。この短時間に、その自負が消えようとしている。

 そんなアインの思いを知らず、ランジュは語り続ける。


「力の弱い悪魔は、人間に呼ばれる……。必要とされることで、世界を渡れます……。そして契約を交わし……」


 しかし言葉が詰まる。だがここに居る三人には、それ以上話さずとも伝わるだろうと判断し、あえて飛ばす。


「人間の魂を、好物としている悪魔は多く……。王は……。配下の者が、悲しむ姿を……。見たく、ないと……」


 これ以上は耐えられないと言わんばかりにクランは姿勢を崩し、背もたれに身を預け、眉間を揉む。


(……配下思いの立派な王のようだが、つまり、意趣返しをしているのだろう……)


 クランが身を崩したことにより、誰もが口を閉ざした。だがそれを破ったのも、クランだった。


「……悪魔の書を処分したはずの地から、すぐにまた書が見つかれば、私の働きは無意味だと評されるでしょう。そして書を望む者の手に渡れば、悪魔の王にとっては、なお良い……。考えたことです」

「ですが一番の問題は、書を配ったかどうか。どうですか、ランジュさん」

「そ、それ、は……」


 ランジュの呼吸は乱れ、上手に息が吐けない。その態度が答えを如実に語っており、アインは残念だと、ゆるく首を振る。

 ただそれだけの動作だったが、まだアインという人物を知らないランジュは、見捨てられる恐怖に脅え、叫んだ。


「ちょ、直接は渡していません! ただ、置いてきて……! 拾われたかも分かりません! それに嫌でしたが、王に配れと命令されたら、私に断れるはずが……っ」

「黙れよ」


 降ってきたのは、怒りをはらんだ冷たい声だった。ランジュがぎこちなく、声の持ち主を見ると、セウルが睨んでいた。


「黙れよ、化け物」

「セウル!」


 慌てて立ち上がったクランは、セウルが動く前に駆け寄ると、両肩に手を置き早口で言う。


「落ちつきなさい、まだ話は終わっていない」

「落ちつけ? 無理だ、そんなの! だってこいつは、悪魔の書を配っていたんだぞ! 俺たちと旅をしながら!」


 逆に良くなかったのか、クランの手から逃れるように体を動かし始める。だがそれを許さないと、クランは力をこめる。今この手を離せば、きっとセウルはランジュに暴力を振るう。それを避けるために、クランは踏ん張る。


「クラン様だって本当は許せないんだろ? こいつはずっと、俺たちを騙していたんだ! 馬鹿にしていたんだ! 笑っていたんだ! お前たちのせいで、俺は……! 俺は……!」

「セウル、違う! あの時の悪魔は、ランジュではない!」

「でも仲間だ!」


 その怒りを全身で表現するように、セウルは何度も強く足を踏み鳴らす。

 大人の力で押さえつけられていることも腹がたった。クランがかばうことも許せなかった。なんとしても悪魔に復讐がしたい。全部、なにもかも悪魔が悪い。執念による動きは、尋常ではなかった。悪あがきのように腕を伸ばせば、ランジュの髪を掴めた。そのまま乱暴に引っ張る。


「こいつは変身していた! 今だってルジーって人に似るよう、変身しているんだろ! 化け物、俺は騙されないからな! 正体を見せろ! お前の正体を!」

「痛い! 止めて、セウル! 引っ張らないで!」

「うるさい! さっさと正体を現せ!」


 泣くランジュと、声が割れるように怒鳴るセウルを引き離そうと、二人は苦戦する。


(セウルは完全に我を失っている……! もっとセウルには配慮すべきだった。悪魔を憎むこの子は、ランジュも悪魔としか見ていない……!)


 何度自分は選択を誤るのだろうか。


(これではなにも変わっていない……! 昔から、ずっと……!)


「セウルさん、手を離しなさい。まだランジュさんから全てを聞き出せていません」


 声をかけつつ、無駄なことだとアインにも分かっていた。それほどセウルは激高しており、手がつけられない。どうしてものかとあぐねいていると、それは発生した。


「引っ張らないで!」


 ランジュが腕を振るうと同時に、その指先から炎が出現し、腕と同じ線を炎が走ったのだ。

 火、ただそれだけで本能的に恐怖を覚えた三人は、咄嗟にランジュから離れた。


「ご、ごめんなさい。痛くて、魔法が暴走して……」

「ほ、ほら見ろ! 今こいつ、俺らに向かって……! 燃やそうとした! 今度は俺を殺そうとした!」

「違う、そうじゃない!」


 悪魔にとって珍しくもない現象。本能的に防御しようと、魔法が暴走し自身を守ることは。ただの威嚇と呼んでも良い。だがそれが通じるのは、悪魔界だけ。この混乱した空気に呑まれ、ランジュは失念していた。

 アインとクランは協力し、二人の子どもを互いの手足が届かない距離まで離した。


「……なんでだよっ。なんで止めるんだよ! なんでそんなウソつきをかばうんだよ! 化け物なのに!」

「化け物じゃないし! 好きで嘘を吐いた訳じゃない! 悪魔の書だって、配りたくなかった! だけど抗えないの! 逆らえないの! それに……。怖かった……! 正体を知られ、嫌われるのが怖かった!」

「怖い? 誰が信じられるか! 仲間と一緒に、笑ってたんだろ!」


 二人とも興奮し、これでは話が進まない。二人を引き離す必要があると目配せすれば、クランは頷いた。


「クラン、セウルさん。今は教皇の私と彼女と、二人きりにしてほしい」

「セウル、ここは教皇に任せよう」

「……二人きりだと、その化け物に言いくるめられるかもしれないだろ」

「私には人智を超えた力はありませんが、見守ってくれる神がいます。神が真実を与えてくれるでしょう」

「神なんて」


 ――――いるはずない。


 最後まで言おうとしたのに、口を閉じる。愚直な神を信仰するその目が、セウルを黙らせたのだ。引き下がったセウルを連れ、クランも退室すると部屋に二人が残された。


「ランジュさん、怪我はありませんか?」


 首を横に振ると、再び座るように言われたので従う。引っ張られたせいで髪の毛は乱れているが、整える気力はなかった。


「…………っ」


 黙っていると、鼻が痛くなり涙が溢れてきた。

 違う、そうではない。傷つけるつもりはなかった。いや、親を悪魔の殺されたセウルがあんな態度に出ることは、分かっていたではないか。結局自分が一番大切で、セウルより自分を守りたく……。様々な感情が混ざり、言葉にならなかった。


「……手紙でクランがランジュさんのことを、どこか世間知らずであると書いていたことがあります。どうやら貴女は世間知らずではなく、人間について不勉強であったようですね」


 責めている訳ではないが、図星を突かれてなにも言えない。


「貴女と出会ってからの短時間で、私も悪魔について不勉強すぎたと痛感しました。しかしランジュさん、あの場で火を出したことは私たち人間にとって、それは異常です」


 それを聞いたランジュは顔を青ざめ、体を震わせた。

 悪魔界では、自分は人間に近い存在。それなのに、人間ではないと言い切られた。

 結局、半端な自分に居場所はない。悪魔でも、人間でもない。中間という異端。それを簡単に受け入れることは難しかった。しかし……。


「火は人間にとって大きな恩恵を得られると同時に、大きな脅威でもあります。こちらの世界で過ごすのなら、貴女は多くのことを学ばなければなりません」


 濡れたまま顔をあげると、アインが微笑んだ。


「私は貴女の悪魔の書を配りたくなかったという言葉を信じます。ですから、もう一度最初から全てを話して下さい」

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― 新着の感想 ―
[一言] 悪魔の長の命令だけに、書をばらまく以外の布石な感じもしますね。 この先どうなるんだろう。 割烹を拝見しました。 一読者としては残念ですが、村岡様の心の平穏が一番大事。
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