44)下賜
ベルンハルトからの通達があり、ルートヴィッヒは礼服を着て出かけて行った。竜騎士団の兵舎にいる今回の件の功労者への褒美、つまりはアリエルへの褒美を代わりに受け取るためだ。アリエルの身分では、謁見の間に立ち入ることは出来ない。体力が戻っていない今は、都合が良かった。
「アリエル、お前にだ」
帰ってきたルートヴィッヒはアリエルの腰に剣帯を巻き、長剣を帯びさせた。
「これは」
剣は、柄も鞘も王都竜騎士団の象徴である漆黒だ。
「ベルンハルトからだ。今回の事件の功労者、フリッツへ危険を知らせたことになっているお前への褒美だ。常に身に着けよという御命令もある。これでお前も堂々と長剣を帯びることができる。やはり剣帯が合わないな。調節してもらわないと、落ちるな」
剣帯はあきらかにアリエルには大きすぎ、安定しない。
「ここに王家の紋章がある。ベルンハルトの紋章はここだ。これで、ベルンハルトからの拝領の品とわかる。今回の件は、公式発表の内容に関しては、貴族には周知しているから、お前がこの剣を着けていても問題はない。かつ、ベルンハルトが、王家とベルンハルト自身の紋章を付いた剣を授けたお前への侮辱行為は、ベルンハルトの権威を汚すものとなる。少しは牽制になるようにという、ベルンハルトからの配慮だ」
「抜いてみろ」
ルートヴィッヒに促されアリエルは抜刀した。
「ちょっと貸せ」
アリエルの手から剣をとると、ルートヴィッヒはアリエルを背に回し、剣で宙を切った。
「この剣」
鋭い輝きを放つ剣をルートヴィッヒはしばらく見つめていた。鞘に戻した後も、剣について考えているようだった。
下賜された漆黒の剣帯と長剣を帯びたアリエルの姿は、王都竜騎士団の日常になっていった。
数か月ぶりに、ベルンハルトは王都竜騎士団の夕食に現れた。アリエルの体調を気遣い、しばらく遠慮していたのだ。
「竜丁ちゃん。エドワルドが世話になった。本当にありがとう」
「いいえ。陛下もいろいろご尽力くださったと聞いております。ありがとうございました。下賜いただいた剣もありがとうございます。お話しいただいた通り、身につけております」
ベルンハルトの礼にアリエルも礼を伝えた。アリエルの治療をした薬師も、その際に大量に必要だった薬草も何もかも、手配したのはベルンハルトだ。
「君も身を守らないといけないからね。本来、竜丁への危害を加える者などいないはずなのに、今回の件だ。備えはあったほうがいい。少し重いだろうけど、離さないでね」
「はい」
漆黒の剣帯と鞘と柄にはっきりと刻印されている王家の紋章とベルンハルトの紋章は、彼女を守る権威となるだろう。王都竜騎士団団長、この国最強の竜騎士であるルートヴィッヒの竜丁は、国王陛下から下賜された品を身に着けることを許される人物と、周囲に知らしめる意味もある。
食後、ルートヴィッヒはベルンハルトを執務室に招いた。
「さすがだね。気づくと思っていたよ。ルーイ、それ君の剣だよ。昔の」
「やはりそうか」
多くの刺客を切り殺した剣だ。なぜ、多くの血を吸った剣をアリエルへ下賜したのか、ルートヴィッヒにはわからなかった。
「その剣は、お守りみたいなものだからね。私にとっては。その剣で、ルーイは生き延びて、私はルーイに何度も助けてもらった。大事な剣だよ。子供用の少し短い剣だから、君の竜丁ちゃんでも扱えると思ってね。ルーイと私を守ってくれた剣が、竜丁ちゃんを守ってくれるといいなと思って、剣はそれにした。柄と鞘は作り替えたけど、古い方は取ってあるよ。捨てられなくてね」
ベルンハルトは、アリエルの腰に下がる剣を懐かしそうに見つめていた。
「お守りか」
ルートヴィッヒはベルンハルトの言葉を繰り返した。そんな風に思ったことなどなかった。ルートヴィッヒにとっては人の命を奪った剣だ。だが、ベルンハルトの言う通り、この剣でルートヴィッヒとベルンハルトは生き延びた。
「その剣で、ルーイが生き延びたから、今がある。大事な大事なお守りだ。使わないほうがいいけど、何かあれば、躊躇なく使いなさい。いいね」
「はい」
ベルンハルトの言葉にアリエルは頷いた。




