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40)男達と少年

「ベルンハルトか。アリエルが目を覚まさない。薬湯を飲ませるしかないと言われた」

執務室の扉の隙間から、数日ぶりに聞くルートヴィッヒの声は掠れ、力がなかった。

「そういう君は、ちゃんと食べているのか」

「わからない」

「ルーイ。君はすぐ、自分を(ないがし)ろにする。竜丁ちゃんの身になってみろ。自分を看病していた君が倒れたら、どれだけ心配するか。可哀そうに。少しは食べろ。ルーイ」

「ベルンハルトにずいぶん心配かけたなと、今になって思った」

「やっとわかったか。だから、君は食べるんだ。食べなさい」

「いなくなったら、どうしたらいい」

ルートヴィッヒの声が震えた。


「どうしたらいい、いなくなってしまったら、どうしたらいい」

「大丈夫、大丈夫だ、ルーイ。きっと大丈夫。ルーイがついてやっているだろう。大丈夫。ルーイが信じてやらないでだれが信じる。きっと大丈夫だ」

「目も開けない、何も言わない、手も握ってくれない、いなくなってしまったら、どうしたらいい」

掠れた力のない声で繰り返すルートヴィッヒの耳に、ベルンハルトの言葉は届いていないようだった。


「大丈夫、ルーイ。ルーイの時も、目を開けるまで五日はかかった。今はまだ三日目だ。女だから、ルーイよりちょっと遅くて六日とか七日かもしれない。ルーイが毒矢で動けなくなったのは子供の時だ。竜丁ちゃんは女だけど大人だ。だから、きっと大丈夫。子供のルーイも助かった。ルーイ。覚えているだろう」

ルートヴィッヒを落ち着かせるかのように、ベルンハルトは大丈夫だと繰り返した。


「あぁ、そのあとベルンハルトが私と同じ色の服ばかり着るようになった」

「そうそう。そうだ。二人とも子供だった。だから、助かる。きっと。助かって、最初に見るルーイが、(やつ)れていたら心配するだろう。だからちゃんと食べろ」

「あぁ、すまない。結局、色々ベルンハルトに心配をかけてばかりのようだ。私は」

「そう思うなら、あれこれ怒るのをやめてくれると嬉しいね」

「鍛錬を怠っていることか、宰相を置かずに書類を私に回していることか、後継者教育をこちらに任せていることか、跡継ぎが一人しかいないことか、王妃のすべき慈善事業までこちらに回ってきていることか、どれだ。まだまだ他にもあるが」


 いつも通りの低い冷静なルートヴィッヒの声に戻っていた。

「全部怒らないでくれよ」

「無理だ。せめて鍛錬を少しはやってくれ。心得のない人間を守るのは大変だ。女のアリエルでもちゃんと稽古をしているのに、お前はなんだ」

「そういうなら、人として当たり前の食べるということを、放棄しているルーイはなんだ」

「結婚も子供も無理だといっても、側にいてくれると言った大事な女を失いたくないだけだ、文句あるか」


「ある。私もそれくらい私を好いてくれる妻が欲しい」

「知るか、ベルンハルトの問題だ。貴族に、側室に賢い女が欲しいといえば、娘に教育するだろうが。そこから探せ」

「賢くて優しくないと」

「だから、それくらい、自分で注文つけろ」

「そうやって、怒っている方がルーイらしいね」

「食えないやつだ」

二人の会話が止まった。


「薬湯は飲めるのか」

「あぁ、まだなんとか。だんだん弱くなっている気がする」

「ルーイの時もそうだった。あの年寄りの薬師に、本人が生きようとしているときに、支えてやるべき周りが諦めたら負けだと言われた」

「昔から年寄りだな。あの薬師は。ベルンハルトが飲ませてくれたのか」

「薬師に教えられたよ。何なら今、代わってやろうか」

「殴られたいのか」

「まさか、冗談だ」

どちらかが笑ったのが聞こえた。


「もし、私が殺されたら、ベルンハルト、頼む、守ってやってくれ」

ルートヴィッヒの言葉に、彼が何度も襲われているというベルンハルトの言葉を思い出した。

「それは困る。エドワルドは、ルーイと竜丁ちゃんの間の従兄弟を心待ちにしている」

「貴族達は望まないだろうに」

「そこを何とかすべく、愛する息子のため私は頑張っているつもりだ」

「殿下はご無事か。部下に部屋まで送り届けさせた。しつこく誰か襲ってきてはいないか。こちらにはそういう話は来ていないが」

自分の話題になりエドワルドは耳を澄ませた。


「あぁ、大丈夫。ルーイが心配していたと伝えておくよ」

会わせてもらえないのだとエドワルドは察した。

「まだ子供なのに、怖い思いをさせてしまった」

大丈夫、私は弱くはない。エドワルドは胸の中で呟いた。


「王族だ。いずれあることだ。私達二人もそうだった」

「これだけで済むとは思えない。護衛を増やせ。影もつけろ。幾つか逃げ道を教えたらどうだ。狭い逃げ道で襲われたらひとたまりもないから、最後の手段だが」

ルートヴィッヒはエドワルドを心配してくれている。嬉しかった。もっと強くなると心に決めた。


「私の勘だけどね。エドワルドが襲われたとは思えないのだけれど。ルーイが襲われたときに比べてあまりに手ぬるい。ルーイの時、刺客は必ず数人で来ていた。毒矢で動けないのが一人いるなら、人質にできる。それこそ集団で姿を現わしてもいいはずだ」


「影の意見は」

「王子を襲うにしては、やる気がなさすぎる。手抜きの仕事だ、素人だという意見が大半だ」

「素人に、あの毒が手に入るのか」

「ギルドに属していない者なら、売るかもしれないというのが影の意見だ。普通はギルドが管理するから絶対に売らないと。商売敵を増やすのは愚か者だといっていた」

「素人というなら、捕まえられるだろうに」

「いや、だから普段から王宮にいる何者かが、偶然毒を手に入れ、矢を放ったというならば、逆に見つけることは難しいよ。侵入者ではないから」


「立て続けに三本か」

「射手なら出来る」

「そうだな。王宮内には射手も多い。ベルンハルト、今日はそろそろ戻れ。どうせ近道を使ってきたのだろう。部屋にいないのがばれたら騒ぎになるぞ」

「あぁ、戻る」

「ベルンハルトの意見もわかるが、殿下の周りには気をつけてくれ。殿下が襲われるなど今までなかったはずだ。周りも護衛騎士も浮足立っているかもしれない」


 ルートヴィッヒは、取り乱すほどアリエルのことを心配しているのに、エドワルドのことも心配してくれているのだ。嬉しかったが、このままではいけない。ルートヴィッヒが大事な竜丁を守るためには、ルートヴィッヒに心配してもらわなくても良いくらい、エドワルドが強くならないといけない。


「あぁ。エドワルドが見舞いに来てもいいか」

「この周辺の警備は強化されていたのに、起きた事件だ。犯人か、黒幕が逮捕されるまでは、安全のため後宮の自室にいらしていただきたい。ここは、竜騎士が勝手に自分の身を護るという前提の建物だ。竜が飛び立つ時に邪魔だから、飛び道具での攻撃に弱い」

「護衛は増やすよ」

「こちらが人手を割けるようになるまでは避けてくれ。今、アリエルがこの状態だから竜達の機嫌が恐ろしく悪い」


「トールは」

「アリエルに付ききりだから、トールには会っていない。一応、リヒャルトに、事情を説明させている。トールがすごい顔で睨んできて、尾で地面を何度も叩いて威嚇してきたそうだ」

「さすが暴れ竜。噂に違わぬ荒れっぷりだね。今日は戻る。ルーイ、ちゃんと食べるんだ。忘れるな」

「あぁ、ありがとう。ベルンハルト、もし、五日目、アリエルが目を開けなかったら来てくれるか。耐えられ、そうに、ない」

ルートヴィッヒの声が、また震えた。


「わかった。どちらにせよ五日目には来る。ルーイが人並みに食べているか確認にくる。もしもの時は、その時は、エドワルドも連れてくるよ」

「会わせておいたほうがいい、ということか」

「大丈夫、ルーイのときより多分、顔色はましだ。いずれちゃんと目を開ける、口を利いてくれる。歩けるようになる。ルーイがそうだった」

「あぁ、そうだな」

そのあと、二言三言言葉を交わし、ベルンハルトはルートヴィッヒの執務室から出てきた。



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