38)アリエルとルートヴィッヒ
年老いた薬師が推定した毒の名に、ルートヴィッヒは呻いた。知っていた。ルートヴィッヒ自身も死線を彷徨った毒だ。死なずに済んだ後も、体が動かず苦労した。あの頃に刺客を送り込まれていたら確実に殺されていた。後々まで体の不調が続いた。
薬師は、解毒が期待される膏薬を傷に塗った。膏薬を作った薬師も、解毒が困難なこの毒には、気休めだと嘆いていた。本人が持ちこたえるしかない。不幸中の幸いは、アリエルを貫いた毒矢が一本だったこと。二本目、三本目と受けていたら身体の小さいアリエルでは、毒の量に耐えきれず、その場で死んでいたかもしれないと薬師は言った。
「アリエル」
ルートヴィッヒは、アリエルを、執務室横にあるルートヴィッヒ自身の部屋に休ませた。目を離すことなどできない。この部屋であれば、執務中はルートヴィッヒがいる。それ以外の時間は、マリアが付き添った。
アリエルは体が熱く、浅い呼吸が続いていた。薬師が大量に作ってきた薬湯を少しずつ口移しで飲ませた。無いよりましという程度の効果しか期待できないと言われたが、かつてルートヴィッヒにも、同じ薬湯を大量に飲ませた彼の経験に縋るしかなかった。
エドワルドが面会を申し込んできたが、ルートヴィッヒは断った。後宮から一歩も出ないように、出来れば自室に籠もるようにと返答した。毒矢を放った犯人が見つかっていない今、エドワルドが後宮から出るのは危険だ。犯人を捕らえ、命じた誰かを特定する必要があった。
襲撃直後に、竜騎士たちが周囲を調べたが、犯人らしい人物は見当たらなかった。武器も見つからなかった。唯一の王子の暗殺未遂ということで、王宮全体の警備が厳しくなった。
公には、王子の暗殺未遂を、フリッツが防いだと報告された。実際、フリッツがいなければ、第二第三の矢が誰かに当たっていただろう。彼が剣で弾いた矢も全て毒矢だった。フリッツ自身も危なかった。
王都竜騎士団の竜を完全に手懐けている竜丁が、生死の境を彷徨っているなど、公にはできない。竜騎士団の状態が常通りでないなど、他国に気取られるわけにはいかない。
王宮からは、フリッツに異常を知らせた功労者への褒美の品を近々贈呈すると、連絡があった。身を挺してエドワルドを守ったアリエルが、命を失うかもしれないときの連絡に、ルートヴィッヒはやり場のない怒りを覚えた。
高熱にあえぐアリエルは、窶れ、時とともに小さくなっていくようだった。頬がこけ、鎖骨が目立ち、手足が細くなった。
「アリエル」
ルートヴィッヒが、いくら呼びかけても、アリエルの目が開くことはなかった。




