37)風を切る音
エドワルドを促したアリエルの耳に、風を切る音が聞こえた。
肩に激痛が走ったが、目の前にいたエドワルドを抱き、頭を庇ってやりながら地面に倒れた。抜刀したフリッツの一閃で、数本の矢が地に落ちた。その矢尻が光を受け、湿った輝きを放っていた。
「殿下」
「私は無事だ、竜丁が」
フリッツは兼ねてからの約束通り、笛を吹いた。アリエルの下にいたエドワルドを引きずり出して物陰に移動させた。倒れて動かないアリエルを移動させるためにもう一度戻った。
「竜丁殿。動かれるな。おそらく毒矢だ。動くと余計に毒が回る」
言い終わるか否かのときに、風を切る音がして、竜達が次々とすさまじい勢いで舞い降りてきた。着陸前の竜から飛び降りる竜騎士もいた。
「何があった」
フリッツの目の前に飛び降りた竜騎士は、ルートヴィッヒだった。
「矢が、殿下をかばった竜丁殿に」
ルートヴィッヒはフリッツの腕から奪うようにアリエルをとった。
「殿下」
「私は無事だ」
「フリッツ殿と、ペテロ、ヨハン、三人で殿下を後宮へお送りしろ。ご自身の部屋までだ。殿下、お部屋へお戻りください」
「はい」
「フリッツ殿、世話になった。あとは殿下を。リヒャルト、ハインツ、隊をわけろ。周辺の見回りと、兵舎の確認だ。一人いや二人残せ」
「承知しました」
護衛騎士と、竜騎士たちがエドワルドの周囲を警護するように囲った。
「伯父上、竜丁は」
「助けます。ですから殿下は、後宮にお戻りください」
ルートヴィッヒに抱かれたアリエルは、ぐったりとして動かなかった。
「竜丁、傷を見るぞ」
そういうと、ルートヴィッヒは竜丁の服を割いた。白い肩があらわになった。矢は薄い肩を貫いていた。矢尻が、ゆがんだ輝きを放っていた。その矢尻を切り落とし、刺さっていた矢をルートヴィッヒは抜いた。ルートヴィッヒは、アリエルの傷口に口をつけ、血を吸い出し、地に吐いた。
「だめ、どく、が」
ぐったりとしていたアリエルが、傷口に口をつけるルートヴィッヒの頭を手で、力なく押しのけようとした。
「動くな。余計に毒が回る。お前は余計なことに気を遣うな」
「あなたは、しきを、」
「お前は、そんなことを言っている場合か」
「で、んか」
「殿下は、無事に送り届けるようにした。お前は休め。動くな」
ルートヴィッヒは薬師を呼ぶように手配し、アリエルを抱き上げた。毒はある程度吸いだしたとはいえ、すでに回り始めているらしくアリエルは動かない。体が小さいアリエルは、毒の影響が出やすい。傷口も熱を持ち始めていた。
「死ぬな」
思わず口をついた言葉が、アリエルに聞こえたかどうか、ルートヴィッヒにはわからなかった。
「頼む」