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36)冬

 エドワルドはきちんと、先触れを寄越してから竜舎に来る。王侯貴族として当然の作法らしい。いつ頃からか、先触れが来たら、アリエルはエドワルドを出迎えに行くようになっていた。


 その日もいつも通り、アリエルはエドワルドを出迎えた。

「竜丁。出迎えご苦労」

「エドワルド殿下、本日もごきげんうるわしく」

二人の吐く息は白い。積もっていないが、昨夜、王都に何度目かの雪が降った。


 アリエルは、挨拶をすると、エドワルドに教わった貴族の女性のお辞儀、カーテシーでエドワルドを出迎えた。

「竜丁も、元気なようで何よりだ」

エドワルドは貴族の男性のお辞儀であるボウ・アンド・スクレープを返した。


 お辞儀の練習など一人でやってもつまらないと、アリエルが言ったことから始まった。

「竜丁のカーテシーも美しくなったな」

「まぁ、殿下のボウ・アンド・スクレープも格好良いですよ」

「私のは、まだまだだ。ラインハルト侯のを見たことがあるか? 私は見たことがないが。父上曰く、その美しさのあまり、令嬢を何人か卒倒させたそうだ」

「それは、褒めすぎでしょう」

「本当だと皆言うぞ。なぁ。フリッツはその場にいたのだろう」

後ろに控える護衛騎士が頷いていた。


「あの、差し支えなければ、教えていただけますか」

剣でだれかを倒すというなら想像がつくが、お辞儀の美しさで相手を卒倒させるなど冗談としか思えない。

「構わん、話せ」

「舞踏会だったのですが、当時、ラインハルト侯爵が、生来のご身分でいらっしゃったときです。ラインハルト侯爵の美しい完璧なボウ・アンド・スクレープに、自らのカーテシーを恥じた令嬢たちが卒倒されました。私は、貴族の四男でしたが、あの御方の前で貴族であるということが恥ずかしく、騎士の道を選びました」


 庶子のルートヴィッヒは、王位継承権などそもそもなかった。それなのに、 ルートヴィッヒの生来のご身分と、すなわち王位継承権第二位であった頃のことを言うということは、この護衛騎士は、ルートヴィッヒに相当肩入れしているらしい。


 竜騎士になると決めたときに、王位継承権は放棄したというから、まだ少年時代だ。当時の国王の血を引くとはいえ庶子であるルートヴィッヒをさげすむ貴族は多かったと聞いている。令嬢たちの卒倒はともかく、一人の少年の進路を変えてしまうとは、どれほど美しく完璧なお辞儀だったのだろうか。


「フリッツは強いからな。四男で適当なところに婿養子にいくより、今のほうが良いのではないか」

前向きな結果論をエドワルドは言った。護衛騎士は、騎士の中でも、腕前も顔立ちも礼儀作法も優れた者しかなれないのだ。全員、相当な選抜を潜り抜けている。

「殿下にまで、そうおっしゃっていただけますとは、幸いです」


 護衛騎士の中でもフリッツは強いと、ルートヴィッヒも言っていた。用心深く、何もかも自分で確認しないと気が済まないルートヴィッヒは、エドワルドがここに連れてくる護衛騎士全員と手合わせをした。ほぼ全員を短時間で仕留めていたが、フリッツだけは、他の騎士の倍は時間をかけていた。たまに、稽古相手にも誘っている。 


 アリエルが、ルートヴィッヒに、他の護衛騎士は誘わないのかときいたら、数人まとめてじゃないと時間の無駄だと言った。実力主義の竜騎士たちの中で、最強を誇るルートヴィッヒだから許される発言だろう。相手に配慮した言い方はないのかと、アリエルは指摘した。護衛騎士達は、ルートヴィッヒの言うとおりなので、仕方ないと言った。


 ルートヴィッヒに相手にされない護衛騎士達だが、竜騎士達とよく手合わせをしているから、世間一般に比べれば、かなり強いはずだ。


「団長様が稽古に誘う護衛騎士はフリッツ様だけですものね」

「名誉なことです。陛下の剣と盾である王都竜騎士団団長様に、直々にご指名頂けるとは、騎士としてもうれしく思います」

フリッツが純粋に、ルートヴィッヒを尊敬している気持ちが伝わってきた。


「あれほどの剣技をお持ちの方は、そうはおられません。どうやって身につけられたのか」

フリッツの疑問の答えをルートヴィッヒから聞いたことがあるエドワルドとアリエルは顔を見合わせた。

「フリッツ、お前、本当に知りたいか」

「無論です」

「刺客相手の実戦経験だと聞いています」


「それは、あの方ならではと申し上げますか、確かに当時のお立場は、大変なものであられましたから」

アリエルの言葉に、フリッツが答えるまでに少し間があったのは仕方ないだろう。知識として知っていても、現実と結びつくとは限らないのだ。

「竜騎士団団長になってからは、来なくなったから楽だけど、腕が鈍りそうだなんて、物騒なことを言っていました。領地では、商人たちの用心棒の真似事をして、盗賊退治をしたと聞いています。それ以来、領地では盗賊は出ないとか」

盗賊が出なくなるなど、あまり聞かない。退治をしたところで次の襲撃はある。一体どういう退治の仕方をしたのか、フリッツは疑問に思った。


「訓練よりは実戦のほうが強くなるだろうが、候も物騒なことをするな」

「物騒ですよ。今までは助かったからいいですけど、次何があるかわかりませんし。お顔の傷も含めて、結構、傷跡がありますしね」

アリエルの言葉に、今度は、フリッツが耳を疑った。

「傷跡なんて、見る機会はそうそうないだろう」


 子供ならではの、エドワルドの単刀直入な質問に、フリッツは慌てた。

「夏の暑い日は、鍛錬のあと、水浴びに出かけるのです。気持ち良いからって、そのあと全員、上半身裸で竜に乗って帰ってくるのです。どう思われます。地上からは見えないから問題ないとか、言い訳しますし。栄えある王都竜騎士団がそんな、情けない恰好で、上空を飛んでいるなんて、良識に欠けると思いませんか」 

「竜丁も大変だな」

「殿下もそう思ってくださいますか」

エドワルドとアリエルは、平然と会話を続けている。艶めいたことを連想した自分が、フリッツは情けなくなった。


「ちなみに、今日は服をちゃんと着ているのか?」

上空を飛ぶ竜騎士達を見てエドワルドは言った。

「昨夜は雪でしたから。上空は相当寒いはずです。さすがに裸は夏の山での水浴びの後だけと言い訳しておられましたし。今はどちらかというと、着込んでおられるのではないでしょうか」

「そうだな」

二人は上空を見上げた。


「竜丁は、誰が誰かわかるのか」

「えぇ。主に竜で見分けますけど」

「すごいな」

「毎日見ていますし。わかりやすいのは団長様です。トールが一番大きいですから。次がハインリッヒ副団長様のヴィント。リヒャルト副団長様のフレアはヴィントより少し小型で、ヴィントより首が長いです。まず、その三頭から見分けたらいいですよ」

「そうか」

「寒いですから、一度中に入りましょう」

アリエルは、空を見上げるエドワルドを促した。


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