9)王都竜騎士団の竜丁
王都竜騎士団は、国王直属の竜騎士団の一つであり、その名のとおり、王宮を中心とした王都一帯を本拠地にしている。
王都竜騎士団の敷地は、王宮の一角にあり、竜騎士用の兵舎と、訓練のための広い土地と、竜舎を抱えていた。
王都竜騎士団では、騎士団長のルートヴィッヒの騎竜であるトールと、副団長のハインリッヒの騎竜であるヴィントの他、数頭の元野生の竜のうちでも気性の荒い竜達が、問題になっていた。ルートヴィッヒの乳母マリアの夫であり、ルートヴィッヒの前任の王都竜騎士団団長であるゲオルグ以外には扱えないのだ。
ゲオルグは、南方での小競り合いで負傷し、竜騎士としての勤めが難しくなった。竜騎士を引退せざるを得なくなったゲオルグを、ルートヴィッヒは竜丁として雇った。史上最年少で王都竜騎士団団長となったルートヴィッヒを、ゲオルグは支えた。ゲオルグは不自由になった足を引きずりながら、竜の世話をしていた。最近、体がつらいから、誰か手伝いが欲しいとこぼしているのをルートヴィッヒは小耳にはさんでいた。
手伝いを欲しがっていたゲオルグは、アリエルを見て首を振った。
「確かに手伝いは欲しいが、だからといって、団長、こんな小娘に、力仕事は無理だ」
「問題ないでしょう。途中、何度か降りましたが、水桶は竜が運んでいました」
ルートヴィッヒが見習いの時から、ゲオルグの世話になっている。ゲオルグと、呼び捨てにしないと、ゲオルグが怒るので、呼び捨てにはするが、言葉遣いは、見習い時代の丁寧な口調になりがちだ。
「ご冗談を」
その目で見たのでなければ、ルートヴィッヒも信じられなかったから、ゲオルグの反応にも納得できる。
「ご自分の目で確かめてみてはいかがでしょうか」
ルートヴィッヒはアリエルに、トールの手綱を渡した。ハインリッヒはヴィントの手綱をゲオルグに渡して、アリエルを睨んだ。
「あ、じゃあ、新しい竜丁ちゃん。俺のフレアお願い」
出迎えにきた副団長のリヒャルトは、にこやかに、アリエルのもう片方の手に手綱を渡した。
両手に竜の手綱を持たされたアリエルをみて、ゲオルグは目を丸くした。
「あの、えっと、先輩とお呼びするのか、親方とお呼びしていいのかわかりませんが、私、どちらに行ったらいいのでしょう」
「いや、まぁ、こっちだ」
竜を手綱で曳くときは一頭だけというのが常識だ。ヴィントの手綱を預かったゲオルグの後ろを、アリエルはついてくる。アリエルが両手に軽く手綱を持ち、竜二頭が並んでついてくる光景を、ゲオルグは何度も振り返った。
「ここから竜舎は順番に並んでいる。団長達の竜の竜舎はここだ」
「はい」
二頭の手綱を引いたまま、アリエルはついてくる。
「ここがあなたのお部屋なの」
トールは勝手に自分の区画に入っていった。竜を相手に適当なことを話しかけながら、鞍と手綱を外したアリエルが出てきた。
「これ、どこに置いたらいいですか」
ゲオルグの返事より前に、トールが、頭でアリエルを棚のほうに押した。
「あ、あの棚ね」
鞍は軽くはない。
「いや、鞍は運ぶからそこに置いておいてくれ」
「でも」
「君の背丈では届かないよ。竜騎士達の身長に合わせてあるから、無理だ。それよりフレアを面倒みてやってくれ」
その次に見た光景にゲオルグは声が出なかった。アリエルが、棚の前までフレアを連れてくると、鞍も手綱も外してしまったのだ。そのまま、フレアは勝手に自分の区画に入っていった。人に何世代も育てられた竜はともかく、フレアは元野生だ。手綱もなしに、人の言うことを聞く竜ではないはずだ。
「あの、先輩というか、親方というか、お名前存じ上げませんので、なんとお呼びしたらいいかわからないのですけれど」
アリエルがこちらを見ていた。
「喉が渇いたそうなので、お水を上げたいのですけど、どうしたらいいでしょうか」
「あぁ、井戸はこっちだ。あと、わたしのことは親方でいい、新入り」
「はい」
新入りの後ろに、フレアがいた。
「フレアァ!」
鍵をかけ忘れるという初歩的なミスに気づいたゲオルグは、とっさに腰の短剣に手を伸ばした。
「あら、手伝ってくれるの。ありがとう。でも、あなた、お出迎えで飛んできたばかりで疲れているでしょうに。あら、トールあなたも。でも、トールは団長様と私の二人乗せて大変だったでしょう」
竜を相手に好き勝手に喋るアリエルの言葉通り、フレアもトールも水桶を咥えていた。ゲオルグはあっけにとられた。
水桶は竜が運んでいたという、ルートヴィッヒの言葉を思い出した。見習いの時から知っているが、確かに冗談は言わない男だ。檻の中にいた竜が、柵を尾でたたいた。
「あなたは、お名前はハーゲスね。手伝ってくれるの、親方、ハーゲスの鍵、どこにありますか」
結局、竜はそれぞれ自分の水桶を咥えて、井戸までついて来た。兵舎からは、若手も含めた竜騎士たちが、新入りであるアリエルの後ろを、水桶を咥えて並んで歩く竜達を眺めていた。珍妙な光景だった。