32)二人で3
精一杯の言葉だった。もっとほかの言い方もあるのだろうが、ルートヴィッヒなりの精一杯だった。アリエルは微笑んだ。
「はい」
ルートヴィッヒはアリエルを抱きしめる腕に力を込めた。
「名を呼んでいいか。二人だけの時。私も名で呼んでくれるか」
「はい」
ずっと名前で呼んでみたかった。
「アリエル」
「はい」
返事は同じはずなのに、アリエルの声はルートヴィッヒの胸を打った。
「あの」
呼んでくれるのか。ルートヴィッヒの胸が熱くなった。
「ルーイでいい」
「ルーイ、さま」
恥ずかしげに小さく呼んだアリエルの声に微笑んだルートヴィッヒが、アリエルの目を覗き込んだ。
「口づけても、いいか」
わずかにアリエルが頷いたことを確認し、ルートヴィッヒは唇をそっと寄せ、
「あ」
お互いの鼻がぶつかった。
「意外と、難しいものだな」
ルートヴィッヒの言葉に、アリエルが小さな笑い声を漏らす。
「アリエル、私は真剣だ」
「でも、団長様が、女性に慣れていらっしゃらなくて、ほっとしました」
「ルーイだ」
「ルー」
名を呼ぼうとしたアリエルの口を、ルートヴィッヒは己のそれで塞いだ。
「お前は、私をどういう目で見ていた」
「え」
「女性がどうのと」
ルートヴィッヒは心外だった。不埒な輩ではと疑われていたのではと、心の内がささくれだった。
「だって、団長様」
「ルーイだ」
「そんな、突然、呼び方を変えろと言われても」
「心外だ。女がどうのと、失礼だろうが。だいたい、そんな時間がどこにある」
ルートヴィッヒには、アリエルの抗議は耳に入らなかったらしい。
「ありません」
アリエルも、ルートヴィッヒの一日は知っている。鍛錬と、書類仕事で終わる。竜騎士達は、他人と同日でなければ休みを取ることができる。団長のルートヴィッヒには、休みなど無い。
「ベルンハルトのせいで、全くないだろうが。まぁ、今日は、ベルンハルトに感謝すべきなのだろうが」
ルートヴィッヒは椅子に座ると、膝の上にアリエルを座らせた。
「え、あの、団長様」
「ルーイだ」
「ルーイ様、あの、その」
「様はいらない」
近くなった距離で、また口づける。頬と頬が触れた。
「いいじゃないか。ずっとこうしたかった」
ルートヴィッヒは、膝の上のアリエルを抱きしめ、頬を擦り付けてくる。ルートヴィッヒは満足気だが、アリエルは恥ずかしい。あと、わずかに伸びた髭がくすぐったい。
「えっと、ルーイ様」
「様はいらない」
「ルーイ」
「ん」
「あの、くすぐったいです」
「知らん」
「え」
「いつか、お前がどこかにいくのが怖かった。もう、お前はどこへも行かない。ここにいる。少し前まで、お前がずっといてくれたら、それでいいと思っていた。贅沢なものだ。こうしていると、お前を妻にできないことが不満に思えてくる」
アリエルは、ルートヴィッヒの言葉に頬を染めた。
「待つばかりではな。早くにというならば、ベルンハルトの領域だが、どうしたものか」
アリエルは机の上を指した。
「この中に、きっとあるはずの不正の手がかりを探しましょう」
「あぁそうだな」
遅くなるとマリアに怒られる。
そのあと、ルートヴィッヒはそういって、アリエルを部屋まで送ってくれた。




