31)二人で2
アリエルは、家族がよくわからない。アリエルが一番よく知る夫婦は、結婚したのは遅かったそうだが、幸せそうだ。
「早く結婚することは良いことですか。ゲオルグさんとマリアさんは、結婚は遅かったそうですけれど」
「あぁ。マリアは王宮に連れてこられたばかりの幼い私の面倒を見てくれた。政争に巻き込みたくなくて、実家に帰らせたが、何か問題があったと誤解されたらしい。マリアの婚期が遅れたのは私のせいだ」
「誤解でお二人の結婚が遅れたのですか」
ルートヴィッヒの言葉にアリエルは首を傾げた。ゲオルグが噂に惑わされるような人とは思えない。
「いや。マリアにそもそも結婚の話はなかった。両親と領地の屋敷で暮らしていた」
「結婚の話がなかったのに、お二人はどうやって」
不思議そうにしているアリエルに、ルートヴィッヒは二人の馴れ初めを話してやることにした。
「私は竜騎士になったことをマリアに報告したかった。王位継承権を放棄したばかりだった。単独で竜に乗って移動して、妙な嫌疑を掛けられても困る。当時団長だったゲオルグに相談したら、付き添ってくれた。私がマリアと再会を喜んでいる間に、ゲオルグがマリアを見初めたらしい」
「まぁ」
大きく目を見開いたアリエルに、ルートヴィッヒも当時の自身の驚きを思い出した。
「二人に子はいない」
マリアは、物心付く前に王宮に連れてこられたルートヴィッヒを可愛がってくれた。ベルンハルトとも一緒に遊んでくれた。いつか、マリアの子供が生まれたら、可愛がってあげようと、ベルンハルトと一緒に楽しみにしていた。幻で終わってしまった未来だ。
「お二人は、手のかかる大きな子供が沢山いて大変だと、言っておられますけれど」
アリエルの言葉に、ルートヴィッヒは苦笑した。
「ゲオルグには、お前が一番手がかかると言われたな」
見習いの時、ルートヴィッヒは自覚なく色々と仕出かした。ゲオルグに迷惑をかけたと、今ならば理解できる。
「今も、ではありませんか。大きな子供達が、あれを作って欲しいとか、これを壊したから修理してくれとか、元気が良すぎて服を破いたから繕ってくれとか、お腹がすいたとか、毎日色々お強請りをなさって」
ルートヴィッヒは笑った。全部身に覚えがあるだけに、言い訳もできない。
「ずいぶんと大きな子供だ。おまけに、時々、人数が増える」
「えぇ。今日のように」
ルートヴィッヒは一度大きく息を吸った。
「母にならなくてよいのか」
ルートヴィッヒの言葉に、アリエルが目を伏せた。
「わからないのです。母というものが。司祭様は、私を母から預かったとおっしゃいました。でも、村の人からは、森に捨てられていた私を、司祭様が拾ったと聞いています。どちらが正しいのか、わかりません」
養父は優しかった。村の人達の中にも、優しい人はいた。
「母になるのは、怖いのです」
アリエルの頬をルートヴィッヒの手が撫でた。
「手がかかる大きな子供達を相手に、お前はよくやってくれている。ここがすっかりエドワルド殿下の学舎になっているのも、お前がよくやってくれているからだ」
ルートヴィッヒの言葉にも、アリエルは、悲しげなままだった。
悲しげに母になるのが怖いというアリエルを哀れに思いながらも、どこかそれを喜ぶ自分を、ルートヴィッヒは自覚した。アリエルの悲しみに付け込もうとする己は卑怯だとは思う。母になるのが怖いというアリエルだ。子を持つわけにはいかないルートヴィッヒが、側にと望んでもよいはずだ。
「私は、今のままのお前で、十分だと思う。今のお前がいい」
アリエルの濡れた瞳と目が合った。
「お前が、お前のままで側にいてくれたらいい」
ルートヴィッヒは言葉を探した。
「母なるのが怖くても、今のまま、私の側にいて欲しい。妻にしてやれるのは先になるから、私はお前を母にしてやれない。それでも良いなら、ずっと私の側にいて欲しい」