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28)国王ベルンハルト1

 アリエルは目の前のベルンハルトを、もう一度見た。


 ルートヴィッヒによく似ている。髪の毛の色はより暗く、目の色がより明るい。肌の色も日に焼けていないから白い。穏やかな笑顔だが、何を考えているかわからない。この国の支配階級の頂点に立つ国王ベルンハルトは、よく似ていても武人のルートヴィッヒとは全く違った。


「いきなりで悪いけど、本題から聞くよ。王都竜騎士団所属竜丁アリエル、君は今後どうしたい。多くの女性はすでに嫁いでいる年齢だ。使用人であっても、私はそういったことはきちんとすべきと考えている。君はどうしたい」

ルートヴィッヒによく似た声だった。おどけた様子が消え、威厳のある声がアリエルの耳に響いた。


お前の淹れてくれる茶を毎日飲みたい。

来年も、その先も、お前の料理が食べたい。

どこか、誰かに嫁いでも、ここにいてくれるか。


 ルートヴィッヒの言葉が耳の奥に木霊した。アリエルを見つめる、すがるような目が、触れんばかりの近くに寄せられた手が、言葉にされない彼の思いを感じた。握りしめた手にそっと触れると、手をつないでくれた。


 言葉にされていない思いの解釈は、アリエルの誤解かもしれない。誤解ではないかもしれない。


 “独りぼっち”のやせ我慢はなんとかならんのか。トールはいつも愚痴を言う。


 また、湖に行こう。竜でしかいけないところに、沢山綺麗なところがある。お前と見たい。一緒に行こう。


 北の領地を旅立つとき、ルートヴィッヒはアリエルに囁いた。


 だが、彼は侯爵なのだ。先王の血を引く人なのだ。


 アリエルはベルンハルトを見た。

「誰かに嫁ぐなど、思ったことはありません。旅芸人の一座に捨てられた、流民の血を引く私の嫁ぎ先などないでしょう」

「行き遅れといわれるよ」

「別に、かまいません。もともと行かず後家になると思っておりました。私は、今のまま、ここで竜丁兼料理係としてここにいたいです」

ベルンハルトの底知れない微笑みは変わらない。


「君は優しい子だと、エドワルドから聞いている。ルーイは不器用だ。言葉も表情も少ないが、慣れるとわかりやすい。君はルーイに気を遣っているのではないか。報告によると、君の住んでいた村は盗賊に襲われ、君は養父を喪ったそうだね。一人になって気弱になった君に、ルーイがつけこんだのではないかね」

「そんな、団長様は、そんなことしません」

アリエルは思ったより響いた自分の声に慌てた。アリエルの無礼にも、ベルンハルトが動じた様子はなかった。


「村には帰らないのか」

「帰りたくありません。親が誰かもわからない、流民の血を引く捨て子です。閉鎖的な村で、人扱いされると思いますか」

育った村だ。優しくしてくれた人もいた。だが、司祭だった養父という後ろ盾を亡くして、余所者の自分があの村で生きていくことなど出来ないことを、アリエルはわかっている。


「あの村には、行きたくありません。行きません。私はここにいたいです」

懐かしい場所もある。懐かしい人もいないわけではない。だが、もう、あの村には行きたくない。


 ベルンハルトはゆっくりと頷いた。アリエルが、帰るではなく、行くという言葉を選んだ意味を、察してくれたのだろう。


「君が、結婚を望んでいないこともわかった。ルーイに騙されて連れてこられたわけでもないし、ここにいることを望んでいることもわかった」

ベルンハルトは、アリエルの目を見た。アリエルも、ベルンハルトの目を見つめ返した。


「君はルーイの子供の頃のことを、聞いているか」

「団長様からは、色々あったとだけ聞きました。南の竜騎士団長のアルノルト様からも刺客に襲われることが沢山あったと聞きました。食べ物に毒が入っていたことも聞きました。いずれも断片的にです」

「理由は聞いたか」

「庶子ではあるが、第二王位継承権保有者であったこと。陛下よりも数日先に生まれたらしいということ。陛下のお母上のご実家に反対する貴族に、担ぎ出されてしまったからだと聞いています」

「まぁ、そのとおりだ。何があったかすべて話すと時間がどれだけあっても足りない。分かりやすく言えば、死んだと思ったのが、毒で三回、刺客相手に重症を負った二回だ。それよりも軽症だったときも含めると、回数を数えることすら馬鹿馬鹿しいくらいだ」


 アリエルは、トールからも決して平穏な子供時代ではなかったことは聞いていた。だが、そこまでとは思わなかった。

「団長様から、陛下には何度も助けていただいた。感謝していると、聞いております」

ベルンハルトが微笑んだ。


「ありがとう。ルーイは、恥ずかしがり屋さんだから、そういうことを、あまり私には言ってくれない。教えてくれてありがとう。嬉しいよ」

微笑んだ顔もベルンハルトとルートヴィッヒは、よく似ていた。


「ルーイの周りでは、多くの人が死んだ。彼の護衛、たまたまそこにいて巻き込まれた侍女や侍従達。竜騎士見習いになると言ってきたとき、竜騎士になるか、このまま殺されるか、どちらかしかないと追い詰められていたと、後で聞いた。ルーイは、自分の周りで人が死ぬことに、もう耐えられなかったと言っていた」


 よく似ているが、二人は違う。ベルンハルトの笑顔は得体のしれない何かがあった。

「ルーイの、君への態度はとても分かりやすい。君も気づいているだろうね。私としては、君とルーイの子なら、例えば、男の子なら優秀な竜騎士になると期待している。そうは思わない貴族がいるだろう。彼の血を引く子供が生まれたら騒乱の種になりかねない。それを防ぐために、君は狙われる。ルーイはそれを恐れている」


 アリエルの頬に触れそうになり、離れたルートヴィッヒの手。硬く握られていたがその拳にそっと触れると、ルートヴィヒは手をつないでくれた。竜舎の下、その存在を知るものの少ない螺旋階段での出来事だ。


 誰にも聞かれる恐れのない場所で、ルートヴィッヒは、ずっとそばにいてくれるかと言った。誰かに嫁いでもと、ルートヴィッヒは言うが、侯爵の彼に誰か嫁いでくる可能性のほうが高い。有力貴族が、王家の乗っ取りを狙い、彼に娘を嫁がせ、生まれた子の王位継承権を主張することもありえるのだ。


「君はルーイをどう思う」

アリエルは目を伏せた。

「団長様は侯爵様です。私は、平民です。それも、流民の血を引く捨て子です。恐れ多いことです」

貴族の娘なら、お慕いしております、と言えばいいのだろう。自分に何が言える。厳然たる身分の差がある。被差別民である流民の血を引くことは、同じ人とは認識されない。実力主義の竜騎士達に囲まれているから、差別されずにすんでいるだけだ。


「私は、そういうことを聞いているのではないよ。君はルーイをどう思う」

ルートヴィッヒの言うように、来年も、ずっと先も、側にいたいと思う。だが、侯爵の彼の周りに、自分がずっといることができるのだろうか。


 北の領地は楽しかった。身分の差も、彼の身に流れる王族の血のことも、何も考えなくてよかった。ルートヴィッヒは側にいてくれた。二人だけでいても、ルートヴィッヒは常に、呼吸を感じ取れるほど近くても、触れるか触れないかの距離を保ち続けた。トールに乗せてもらう時だけ、抱きしめてくれた。


 王都に戻ってから、ルートヴィッヒとの距離が離れたことは気づいている。


 涙が落ちた。

「お慕いしたところで、団長様には団長様のお立場があります」

あとが、続かなかった。涙が出てくる。


 アリエルは、ルートヴィッヒの心の中に、アリエルの居場所があると信じたい。


 北の領地にいた時は、ルートヴィッヒの傍らにいることを望んでもらっていると思えた。


 王都に戻ってきてからは、何かが変わった。身に流れる血の半分が王族のルートヴィッヒの(しがらみ)を、アリエルは以前より強く感じるようになった。雁字搦めになっているルートヴィッヒに、アリエルが何かを望むなど、出来なかった。


「ごめんね。泣かせてしまったな。私はルーイが一番大切にしている人と、添い遂げてくれたらいいと思う。状況は難しい。今の私は、政を掌握できていない。ルートヴィッヒ・ラインハルトの血を引く子供の誕生は、今のままではこの国の脅威となりうる。残念ながら、私とルーイという先例がある。いろいろ辛いことも聞いてしまった。すまない。だが、この先のことを考えるには、私は知っておく必要があった。正直に答えてくれてありがとう」


 公の場では口に出来ないであろうことを言って、ベルンハルトは執務室から出て行った。


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