26)護衛騎士のふりをした方の再訪 1
予告通り、その日は突然やってきた。
「明日、私と護衛騎士達は、前のように、ここで夕食をいただきたいのだが。むろん、きちんとお忍びということにして、王宮は問題ないようにしておく。ラインハルト侯、前のように、人が来ることを許可願いたい」
エドワルド殿下の言葉に、ルートヴィッヒが書類から目を上げた。アリエルは少し考えた。エドワルドが遠まわしに言うが、意味は一つしか思い浮かばない。
「護衛を十分以上にお連れ頂きたいとお伝えください」
ルートヴィッヒは、拒絶しなかった。止めても来るというのは、前回経験したからだろう。
「竜丁、前と同じでもいいから、いつも、ラインハルト侯が食べているのと同じようなものがいいそうだ」
「何か、お好きなものとか、御嫌いなものとか、おありでしょうか」
「わからない。父上、いや、えっと、まぁ、前のように、ここで食事をしたい方とは一緒にあまり食事をしない。お忙しいから」
エドワルドの答えにアリエルは目を見張った。
「貴族はそういうものだ。基本的に、あの方は、私が食べるものは食べると思っておけばいい。私が毒殺されないように、自分の食べ物を分けてくださっていた。同じものを食べていた。多分、食の好みも、私とさほど変わらないはずだ」
ルートヴィッヒは食の好みについて話しているつもりだろう。だが、毒殺という壮絶な話を、そのついでに淡々と語られると本当に怖い。
「団長様は、それなのに、ずいぶん大きくなられましたね」
「竜騎士見習いになってから、他の見習いと同じ食事だった。食べられるようになって、その時から背が伸びたな。自分でも驚いた」
アリエルは、親子で一緒に食事をする機会もない国王と王子が、伯父さんの家に遊びに来て一緒にご飯を食べたいのだろうと解釈することにした。
「特別なものはできませんが」
「気にされないと言っている。竜騎士達と同じがいいそうだ。特別にしてもらったら申し訳ないが、直前で慌てさせても悪いから、前日に言うことにした。と父、あの方はおっしゃっておられた」
ルートヴィッヒを真似たエドワルドの言葉に、アリエルは微笑んだ。
特別はいらないと言われたが、少しくらいはいいだろう。アリエルは、エドワルドのために前から考えていたスープを作ることにした。
アリエルは、野菜をたくさん入れた塩味のスープに、ちょっと頑張って肉団子を作り、溶いた卵を最後に入れた。肉団子のためのひき肉は、少し早めに来てもらった包丁を上手く扱える護衛騎士達に切ってもらった。手伝いのご褒美は、味付けをしてから焼いた肉団子である。これを食べさせてくれるなら、また手伝うという言質もとり、アリエルはご機嫌だった。
手間はかかるが作ってみたい料理は、アリエルの頭の中に沢山あるのだ。
肉団子のスープも、付け合わせも好評だった。お代わりもきれいに食べ尽くして、前のように、やってきた方は、前よりもはるかに静かに落ち着いて過ごされた。ルートヴィッヒは、表情は硬かったが、前のように苛立つことはなかった。ルートヴィッヒは普段と同じようにほぼ無言だった。
「ルーイはいっつもこんなのを食べているの。いいな、いいな」
「あの、今日は護衛騎士の方に手伝っていただいたので、ちょっとだけいつもより手の込んだものを作らせていただきました」
「ちょっとでこんなに美味しいの。ルーイ、私はまた、これを食べたいよ。前のもおいしかった。ルーイ、私はまた、あれも食べたいな。手伝いがいるなら、いくらでも使ってくれ。ルーイ、また来ていいだろう。ねぇルーイ」
ルートヴィッヒに強請るベルンハルトは、エドワルドそっくりで、エドワルド以上にルートヴィッヒに甘えている。アリエルは笑いたくなるのを必死にこらえた。
「前もってご連絡をいただくことと、ご自身の安全に関してご配慮をくださいますならば。あと、頻度にもご配慮いただきたい」
ルートヴィッヒが、お強請りを断れないのも同じだ。
「もちろんだ、ルーイの大事な竜丁ちゃんに、無理をさせたらいけないからね。大丈夫、ちゃんとわかっているよ、私は。じゃあ、お邪魔したね」
ベルンハルトはそう言うと、優雅に帰っていった。襟首を掴まれ、引きずられていた時とは別人のように優雅だった。