25)護衛騎士と竜騎士
アリエルの一日は忙しい。竜丁であり、王都竜騎士団の料理係であり、エドワルドの学友であり、ルートヴィッヒの執務も手伝う書記官でもある。
計算間違いを減らし、書類の形式を整え、仕事は効率良くなった。結果、ルートヴィッヒに回ってくる書類が増えた。もともと国王の庶子として、いずれベルンハルトを支えるための教育をうけていたルートヴィッヒの能力は高い。護衛騎士であった養父ヴォルフに教育されていたアリエルだけでなく、お手伝いでしかなかったエドワルドも、本当に少しずつだが手伝えるようにもなった。王領の統治関係の書類も、それを見計らったように増え続けている。
どう考えてもこの国の第一王子の教育が、この兵舎で行われているとしか思えない。剣の稽古後の軽食も、アリエルとエドワルドの二人で一緒に料理している。いずれ、兵士を率いるものとして、騎士としての訓練を受ける期間がある。その時に、野営の訓練もあるから、今から練習できるのは良いことだと、護衛騎士達はいってくれる。人数が多いときは、実際、彼ら護衛騎士も手伝ってくれた。
厨房の手伝いに関しては、護衛騎士達のほうが上手だった。戦場で、第一線で戦う竜騎士と、王宮で貴族に仕える護衛騎士の役割はことなると彼らは言った。護衛騎士の中には、お茶を上手に淹れる者もいた。
「貴人に仕える以上、侍従のような技能も求められるのです」
女性貴族に仕える場合、ドレスや装飾品の流行に関しての知識が必要らしい。
「大変なのですね」
アリエルの言葉に、護衛騎士達は困ったように微笑むだけだった。マリアの作ってくれた竜丁用の服で過ごしているアリエルには、想像もつかない世界だ。服は、全て針子の手作りだ。流行を追い求めるなど、金と暇を持て余す貴族だけが出来ることだ。実際、アリエルが着ている服の一部は、ルートヴィッヒが子供のころに着ていた服をマリアが手直ししたものだ。気づいたルートヴィッヒが、何か変な顔をしていたが仕方ない。王都竜騎士団の予算は比較的潤沢だが、竜丁が贅沢な衣装に身を包むための金ではない。
貴族に仕える護衛騎士達と違い、この兵舎にいるのは元王族の王都竜騎士団団長のルートヴィッヒを筆頭に武闘派だ。現在平和なこの国の国王になるエドワルドには、もう少し文官の要素がいるのではなかろうか。せめて、護衛騎士達くらい、戦闘以外の能力を身に付けたほうがいいのではないか。アリエルは心配した。ルートヴィッヒも同じようなことをベルンハルトに言ったらしい。
「あのくらいの子供は元気な方がいいよ」
というベルンハルトの一言で、現状は容認されてしまったそうだ。結果、エドワルドはほぼ毎日、王都竜騎士団の兵舎にやってくる。後宮から兵舎への道のりの警護は強化された。日中、竜騎士たちは、訓練があり、エドワルドの警護はできない。地上にいない日も多い。エドワルドと一緒に、兵舎に同行する護衛騎士の人数も増えた。
貴族だからとお高く留まった護衛騎士、竜に乗れるだけで特別扱いの粗暴な竜騎士、と、そもそも両者は伝統的に反目しあう仲だった。身分が重視されるこの国で、竜騎士だけは完全実力主義であることも不仲の原因だった。護衛騎士は、貴族の家督を継げない次男や三男や庶子が多い。竜騎士は、貴族もいるが、商人、職人、農民など珍しくない。果ては、アリエルは会ったことがないが、別の団には、刺客出身の者もいるという。実力主義の集団である。
そんな両者でも、ほぼ毎日顔を合わせていれば、自然と互いを知ることになる。
貴人に仕えるが故の気遣いの苦労も、自らの意思をはっきりと持ち、知能が高い竜に乗るが故の苦労も、笑顔の底で何を考えているかわからない主に仕える苦労も、無表情で厳格で無口な主に仕える苦労も、それぞれお互いを知ってみると、それなりに楽ではないこともわかる。
結果、両者は実に仲が良くなった。