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8)アリエルと竜達

 アリエルは、養父と二人、静かな暮らしはまだ続くと思っていた。神殿の裏の小さな畑を耕し、ときおりやってくる村人に食料を分けてもらい、静かな毎日だった。養父は優しい人だった。読み書きも計算も養父に教えてもらった。剣の使い方も、短槍の使い方も教えてもらった。アリエルが剣や短槍を遣えることは、村の人には絶対に内緒だと言われた。


 だが昨日、養父は短槍をアリエルに渡した。逃げろ、そして身を守れ。足手まといだから来るなとアリエルに言い、抜き身の剣を持った養父は村へ走っていった。養父が肌身離さず大切にしていた印環を、アリエルの首に掛けてくれた時、養父は覚悟していたのだろう。一度抱きしめてくれたのは、きっとお別れだったのだ。養父に、育ててくれたお礼も、伝えられなかった。


 養父は、アリエルのことを、旅芸人から預かったと言っていた。でも、村人からは、旅芸人が森に捨てた子供を、司祭様が拾っただけだといわれた。


 別に、ああそうかと思っただけだ。小さい頃のことは覚えていない。養父が、大好きだった。だから別にどちらでもよかったのだ。でも、その養父もいない。


 司祭の養い子だから、あの場所に住んでいられた。村の男たちが、自分をどういう目で見ていたか知っている。養父はそんな男たちからも、アリエルを守ってくれた。養父がいなくなった以上、あの村にいたら、男たちの餌食になっていたろう。昔の養父を知るという竜騎士から、彼の元へ来ないかと誘われて、アリエルには断る理由もなかった。


 濃い赤茶色の髪に、明るい茶色の瞳の体格の良い、他からは団長と呼ばれる竜騎士の操る竜に乗せられ、アリエルは王都に向かっていた。男は、左の目の近くに浅い切り傷があった。自分はこれからどうなるのだろうか。竜は大丈夫だと言ってくれたが、アリエルは不安だった。


「竜丁として私の下で働くか」

竜騎士に、言われた時、竜にまで誘われた。


ーお前が竜丁か。いいな。それがいい。王都に来い。この男とであれば、この国のどこへでもいけるぞ。この村にいて、毎年を繰り返して死んでいくのはつまらんだろう。話を受けろ。お前に悪いようにはならんー


 夜、月と星に照らされた神殿の庭で、光彩が開いた竜の瞳がアリエルを見ていた。竜の言葉は、人には聞こえない。聞こえる人間なんて、お前が初めてだ。そういって、トールと呼ばれる竜は、アリエルに興味を持っていた。竜騎士だけでなく、竜にまで勧誘されて、アリエルは覚悟を決めた。


 翌朝には出発し、騎竜の背に乗せられていた。王都に向かっているとのことだった。昨日の今頃は、養父はまだ生きていた。


 夕暮れ前に村は盗賊に襲われ、養父は村人のために戦い、命を落とした。もういないということが信じられなかった。アリエルの首には、養父の印環のついた鎖がある。養父が大切にしていたものだ。だから養父はいないのだということもわかる。


 時折、休憩をはさみながら、竜は飛び続けた。昼の食事は、竜の背で、兵糧だという硬いビスケットをもらった。硬くて困っていたら、団長は片手で硬いビスケットを割って、欠片をアリエルにくれた。唾液で柔らかくして、少しずつ食べろと言われた。


 夕方、また別の屋敷に竜騎士は降り立った。


 トールとヴィントの手綱を渡され、竜舎に二頭を連れて行くと、その後ろを竜達はついて来た。すれ違う人全員に、じろじろ見られた。

「女が、竜を牽いてるぞ。二頭なんて非常識な」

「ルートヴィッヒ様のトールだよな。あの女、どうやってトールを手懐けたんだ」

「あの方に、とうとう女が」

「薄汚い村娘じゃないか」

「いや、竜丁として雇うらしい」

「女が竜丁なんてできるのか」

「無理じゃねえの。でも竜がついていってるよな」


 本人たちは、声を潜めているつもりらしいが、全部聞こえる。アリエルの後ろをついてくる竜たちは、そんな人間の様子を面白がっていた。


 屋敷の竜丁は、トールとヴィントといった王都竜騎士団の竜を恐れながらも、アリエルにどうやったらいいか教えてくれた。水と餌を与え、寝藁を用意してやる。


 竜たちのおしゃべりを聞きながら、アリエルは言われたとおりにした。


 竜達から尊敬されているらしいトールが、屋敷にいる竜に、アリエルを「私の竜丁」と紹介してくれていた。竜は「トール様の竜丁」といって、アリエルを手伝ってくれた。


 重たい水桶は、竜たちが口にくわえて、運んでくれた。ピッチフォークで寝藁を運び込もうとすると、尾で順に奥へと、寝藁を運んでくれた。屋敷の竜に手伝ってもらうアリエルの様子に、屋敷の竜丁達は、驚いていた。


「トールの竜丁は、小さいから、手伝ってやらないといけないと、竜達が気を遣ってくれたみたいですね。みなさんが普段、きちんと竜を世話なさっておられるから、小さい人間にやさしくしてくれたのでしょう」

先輩にあたる竜丁とは仲良くしておきたいと、アリエルは思っていた。

ーお前、なかなかやるな。“独りぼっち”もそのくらいできたらー

トールの言葉に、アリエルは、雇い主である竜騎士の人柄を、少し察した。


 トールは竜たちから、とても尊敬されていた。


 あの団長の竜騎士は、すごい竜に乗っているのだと、ちょっと感心した。竜騎士は、竜丁として雇うといいながら、アリエルの名前を聞かなかった。


 真面目そうで、強そうで。でもちょっと、うっかりすることもあるらしい。

ー“独りぼっち”は、孤独だー

 トールは団長の竜騎士に関して、そう教えてくれた。


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