21)朝は来る2
肩を揺さぶられて、ルートヴィッヒは目を覚ました。とっさに振り払った手は小さかった。
「団長様」
アリエルが覗き込んでいた。
「申し訳ありません。声をかけたのですけど。お目覚めにならなかったので」
結局あのあと、眠ったのか。ルートヴィッヒは体を伸ばした。
「驚かせてしまった、すまない」
「いいえ。お疲れのところ申し訳ありません。そろそろ用意をなさらないと、間に合わないかと思いました」
「まぁ、別にこのままでかまわない」
ルートヴィッヒは昨日の服のまま、今朝の訓練に行くことにした。
「それはそうですけど、団長様、そのままは、あの、あちこちに藁が」
こらえきれないというようにアリエルが笑い出した。言われてみれば、随分と藁にまみれてしまっていた。
「頭も、その、後ろは取りますから、団長様、前はご自分で、あちらにおかけ頂いたら」
笑いながら、アリエルは手を伸ばし、髪の毛についている藁を取ってくれた。普段、トールと寝るときは外套にくるまっていた。仮眠だからと外套を用意しなかったのが失敗だった。ルートヴィッヒが見える範囲も、藁にまみれている。
「団長様、昨日、陛下、いえ、護衛のふりをなさった方が、団長様のことをルーイと呼んでおられましたけれどあれは」
「ルートヴィッヒの愛称だ。子供時からあの方は私をそう呼んでいる」
「随分と仲がよろしいのですね」
「いろいろあった。あの方が居られなかったら私は死んでいただろう。あの方は飛び道具が危ないと知ると、わざと私と同じ色の服をお召しになったり、まぁ、色々、本当にとんでもないことを、子供の頃からなさっていたからな」
「飛び道具が危ないから、同じ色とは」
アリエルが首を傾げていた。
「弓矢だ。遠くから毒矢で狙ってくる。同じ年齢の子供が同じ色の服をきていたら、区別ができず、的が絞れない。的になるつもりかと怒ったが、子供の時からあの通りの方だから、はぐらかされて、喧嘩になった」
「団長様とあの方の、御仲がよろしくて良かったです」
「そうか」
仲は悪くはない。ただ、貴族達の手前、お互い自由に行き来することは難しい。卑賎の生まれとルートヴィッヒを揶揄する貴族も少なくないのだ。次期国王であるエドワルドとの接点を嫌う貴族も多い。
「表向きは、疎遠にしておこうという申し合わせだったのだが、なぜ、御当人からその話を反故にされるようなことになったのか、さっぱりわからない」
「そうですか。また来ると、おっしゃっておられましたけれど」
「正直、やめて頂きたい。ここは、貴人の警護に向いていない。出入りが容易で、見通しが良すぎる。弓矢が特に危ない。物陰が少なすぎる。刺客が身を隠す場所もないが、標的となる人間にとっても同じだ。人の侵入は竜が気づくから問題ないが、弓矢は腕前次第だが、そうとう飛ぶ。万が一、風を切る音がしたら、伏せろ。倒れてもしゃがんでもいい。とにかく低くなるしかない。どこから飛んでくるかは二の次だ」
「護衛騎士の方がおられても、危ないということですか」
「あぁ。腕の良い射手は、人と人の間を狙って矢を放つ」
「まぁ」
「十分な数の護衛騎士を連れてこられては、目立ちすぎる。エドワルド殿下が、ここにいらっしゃるのも問題だと、そろそろ申し上げようと思っていたころに、あの方ご自身が、いらっしゃるとは」
「驚きました。私も」
藁を採っているのだろう。アリエルの小さな手が背に、肩に触れてくる。
「はい、背中側はほとんど取れました。あの方、ルーイ、ルーイと一生懸命団長様のお名前を何度も呼んで、気を引こうとなさって、本当に、エドワルド殿下のお父様なのだなと思いました。よく似ておられますもの」
楽しそうにアリエルが笑う。
ルーイと言った、その声が耳に響いた。自分を呼んだわけではない。ただ、言葉にしただけだ。どうか、もう一度呼んで欲しい。言葉にはできない願いがこみあげてくる。
「竜丁、ありがとう。いってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
ー“独りぼっち”のくせに、やせ我慢ばかりしおってー
トールがあきれたように溜息を吐いた。
ーお前も悪いぞ、竜丁ー
「あの方は、侯爵様よ」
ー人間の都合は知らんー
「団長様も私も人間だから、人間の都合があるの」
ー子供の時は、もう少し、素直だったー
「どんな子供だったの」
ー大人になれるとは思っていなかったな。私も。だから、憐れんでかまってやったらこの様だ。全くー
「トール、何か隠してるわね。隠してないで教えて欲しいわ」
ーいずれなー




