18)兄と弟4
そんなある日、エドワルドが、内緒だと言って嬉しそうに教えてくれた。もしかしたら竜丁は、伯母上になってくれるかもしれないと、嬉しそうだった。ルートヴィッヒは、女を竜丁と呼び、女はルートヴィッヒを団長様と呼ぶ。互いの呼び方はそっけないが、そのときの目線が違うというのだ。特にルートヴィッヒは、とても優しい目をしていると、エドワルドは言っていた。だから、確かめたかった。どんな女なのか。誰なのか。
「ルーイ。貴族の女は問題だが、平民の女なら、問題ないと私も思う」
ベルンハルトの言葉にルートヴィッヒは薄く笑った。
先王の血を引くルートヴィッヒに子供が生まれたら、血の濃さでいえば、第一王子であるエドワルドと同じになってしまう。
ルートヴィッヒは、妻を持つことも、自分と同じ騒乱の種となりうる子を持つことはあきらめた。そもそも女の気配がしようものならば、国王の後ろ盾である侯爵が、手を打ちに来るだろう。そのためのハインリッヒだ。
「私の母も平民でしたが。行方知れずということになっております。表向きは」
その母親が既に殺されていることを、ルートヴィッヒは突き止めていた。ベルンハルトも知っている。
「あれは、私の騎竜であるトールが、唯一気に入った竜丁です。他の竜達も、あれに懐いています。あれ以外に、今の王都竜騎士団の竜の世話をできるものはいないのです。あれの身に母と同じことがおこらない保証がありますか。トール達、竜の気に入りであっても、全ての人が、それに配慮するでしょうか」
掠れたルートヴィッヒの声には力が無かった。
「すまない」
かつてルートヴィッヒは、だれとも結婚しないとベルンハルトにいった。言葉通り、誰一人として、女を側に置くことはなかった。男色という噂が立ったことすらある。
ルートヴィッヒは、竜騎士の頂点に立ち、厳格な団長として精鋭部隊を率いている。ルートヴィッヒの相棒は、騎竜のトールだ。竜騎士と竜の間には、強い絆があることが、知られている。トールが、ルートヴィッヒにとって特別でない女に懐くことがないくらい、ベルンハルトにもわかる。
「すまない。からかいの度が過ぎた」
他になんと言って良いか、ベルンハルトにはわからなかった。
「いいえ」
ルートヴィッヒはゆっくりと首を振った。
「殿下や陛下にまでとは、私が迂闊でした。南の竜騎士団長アルノルト殿に、釘を刺されました。マリアは私を追い払おうと必死です。竜丁が、今のままであれば、誰もあれに手は出さないでしょう。竜の気に入りであることが、あれを守ってくれるはずです。喪うくらいなら、諦めます。生きて、そばに、いてくれたら」
表情を失ったルートヴィッヒの頬を、一筋の涙が流れた。
「すまない」
「いいえ。あなたのせいではない」
「ルーイ、誰にも言わない。誰にも言わないから」
ベルンハルトは子供の時、何度もそういって、涙をこらえるルートヴィッヒに肩を貸した。
子供の頃と同じ言葉を繰り返し、ベルンハルトは無理やりルートヴィッヒの頭を引き寄せた。肩に頭を乗せたルートヴィッヒから、こらえきれなかった嗚咽が漏れてくる。二人とも、沢山のものをあきらめて生きてきた。一見、王族という恵まれた立場は、ベルンハルトからもルートヴィッヒからも、多くのものを奪っていった。捨てたはずの立場が、ルートヴィッヒには、今も望むことすら許さない。
嗚咽が静まったころ、ルートヴィッヒが言った。
「ベルンハルト。鍛錬が足りない。この肩はなんだ。あまりに薄い」
「ルーイ、人の肩を借りておいてその態度か」
ベルンハルトの肩から顔を上げたルートヴィッヒの目は赤い。
「この分では、数年でエドワルド殿下に追い付かれますが。よろしいのですか、陛下。私に山ほど書類を回しておられるのです。少しはお時間ができたのではありませんか」
いつもは耳が痛いルートヴィッヒの小言だ。泣いてきまりが悪いのを誤魔化そうとしているのだろう。ベルンハルトは、緩みそうな口元を引き締めた。
「時間などあるわけがないだろう。全く。お前は相変わらず手厳しい」
「陛下の剣と盾と言われる我々ですが、陛下、最低限の身を護る程度の技量はお持ちいただきたい」
「そこまで言うか」
「一度、エドワルド殿下と手合わせされることを、お勧めしますよ」
皮肉にしか聞こえないが、ルートヴィッヒが父子の時間を増やせといいたいことくらい、ベルンハルトにはわかる。
「息子の成長を確かめるのもよいな」
ベルンハルトの返事に、ルートヴィッヒは微笑むと、立ち去っていった。




