17)兄と弟3
「僕も、兄弟が欲しい。駄目なら従兄弟が欲しい」
あるときエドワルドが言ったことだ。後継者を産み育てることは王族の義務だ。かなえてやりたいとは思うが、あの愚かな王妃の生き写しが生まれたらと思うと、気が重い。
もともと王妃の候補ではなかった伯爵家の娘が、王妃にふさわしい教育を受けていなかったのは仕方ない。だが、王妃になってからも学ぼうとせず、ただ贅沢を望み、不相応な権力を願った。正直なところ、今や王妃は、ベルンハルトにとり疎ましい女でしかない。
ルートヴィッヒが誰かと結婚し、子供が生まれれば、エドワルドの従兄弟となる。だが、庶子でありながら例外的に王位継承権第二位だったルートヴィッヒの子供だ。誰かがまた、再度の例外でルートヴィッヒの子供に、王位継承権を与えようとする可能性があった。それを侯爵派は警戒している。その危惧を知るルートヴィッヒは、身の回りに女の影をちらつかせることはなかった。
王領にある山村で、ルートヴィッヒの騎竜であるトールが女を気に入り、ルートヴィッヒがその女を竜丁として連れてきたという報告は、晴天の霹靂だった。
見た本人が、信じられないと繰り返しながら、報告してきた。
「女は、暴れ竜として名高いトールの手綱を持ち、トールの頭を撫でていました。トールの後ろには、あの気性の荒い王都竜騎士団の竜達が、仔犬のように続き、女は一人で、竜舎に連れて行きました。確かに見たのですが、信じられません。あの王都竜騎士団の竜が、本当に仔犬のようで」
ベルンハルトも耳を疑った。
王都竜騎士隊の兵舎に、女の竜丁がいるということが、城内から国中の貴族に話が広がるのは早かった。探りを入れたものもいた。だが竜の世話をし、庭や兵舎を掃除し、料理をする女の姿に、下働きが一人増えただけだと、多くが結論を出した。ベルンハルトも貴族たちも、女のことなど忘れていった。
次に女の話をきいたのは、エドワルドからだった。エドワルドの語る竜丁の話は、貴族たちから聞く噂とは違った。何より執務室で、あのルートヴィッヒの補佐をこなしているという話には驚いた。確かに、ルートヴィッヒから届く書類に、見慣れない文字が書かれたものがあった。ルートヴィッヒはベルンハルトと一緒に、王族としての教育を受けた。彼の優秀さはよく知っている。ルートヴィッヒに回す書類を少しずつ増やしたが、問題なく彼はこなしていた。筆跡をみれば、誰か手伝うものがいることは明白だった。エドワルドの言う通りならば、筆跡の主は竜丁だ。