13)エドワルドの父3
護衛騎士が一人、廊下に座り込んで泣いていた。仲間に慰められている。アリエルについてきたルートヴィッヒは、後ろ手に扉を閉め、食堂から人が出てこないようにした。
「どうされました。あの、何か、そんなに嫌いなものでも入っていました?」
「いえ、あの、村のチーズと、同じ、味で」
アリエルの言葉に、泣いていた騎士が答えた。
「あら、あなた北の出身?」
「はい」
確かに、今日は、ルートヴィッヒの北の領地の人達が持たせてくれたチーズを使ったのだ。
「思い出したのね」
アリエルは、郷愁の念にかられ、泣ける故郷がある人が羨ましかった。
「最近、帰ったことは」
ルートヴィッヒの静かな声が響いた。
「一度も、ありませ、遠いので」
北の領地は、竜でも数日では到着しない。地上からでは、途中越えなければならない山もあり、そうそう簡単に里帰りなどできない。
「次に北に戻るときでよければ、相手が分かるようにしてくれたら手紙を届けてやることもできるが」
彼自身を運ぶことは非常に難しい。竜は基本的に選んだ人物しか乗せない。アリエルが例外なだけだ。手紙というのは、ルートヴィッヒなりに妥当な提案だった。
「いえ、そのようなご迷惑は」
「大丈夫よ。だって、村の人たちから、チーズから、保存食から、山ほどいただいてしまったもの。手紙を届けるくらいしないと、釣り合わないわ。どうせなら、村の人たちが喜びそうな、こちらから持っていけるお土産を教えてもらえると嬉しいわ」
「団長様、竜丁殿までそのような」
一度顔をあげた護衛騎士は、涙で言葉が続かなくなってしまった。アリエルはどうしてよいかわからず、座り込んだままの護衛騎士の横にしゃがんだ。
「帰りたいと思えるくらい、あなたが故郷を大切に思っていることも、故郷がそんな素敵な場所であることも素晴らしいことだと思うわ」
膝に顔をうずめたまま泣く騎士は、アリエルの言葉に頷いた。
「竜丁、こちらへ」
ルートヴィッヒに呼ばれ、アリエルは立ち上がった。
アリエルの善意の言葉はあまりに直接的で、余計に彼の涙が止まらなくなることくらいルートヴィッヒにも予想がついた。
「落ち着くまでこちらにいてもらって構わない。食欲に負けた高貴な方々は、こちらで責任をもって、彼らの居室まで送り届けよう」
「ありがとうございます」
泣く彼の仲間が礼をいった。
「何事だ」
二人が食堂に戻るなり、真面目な顔をした、ベルンハルトに聞かれた。
「問題になることではありません。しばらくしたら解決するでしょう。お二方ともお部屋にお戻りください。我々も同行いたします」
ルートヴィッヒは、リヒャルトに合図をした。
「ペーター、ペテロもついてこい。お前たち、常の武装はしているな。リヒャルト、彼ら二人と一緒に、殿下を警護しろ」
「はい」
「ハインリッヒ、悪いが後を頼む。竜丁、書類は明日でいい。今日は休め」
「はい」
「はい」
「後の者は片付けだ」
アリエルとベルンハルトの目が合った。ベルンハルトの手が皿に添えられている。ベルンハルトは、ルートヴィッヒがお代わりを欲しがるときと同じ目をしていた。
「もしかして、まだ召し上がられますか」
「あるのか!」
「無い。戻りますよ。陛下」
「ルーイ、酷い、酷いよルーイ、期待させておいて、いっつも食べている君と私は違うんだよ、ルーイ」
ベルンハルトの襟首をつかんで、無理やり立たせ、引きずるようにして歩く人など、そうはいないだろう。目の前で、ルートヴイッヒが披露してくれるとは、誰も予想していなかった。
「お部屋へお送りします。まだ執務もあるのではありませんか。書記官達を待たせては、可哀想でしょう」
樵の真似事もできる竜騎士団長はその強力で、ベルンハルトを引きずっていく。
「またくるよ。ルーイの竜丁ちゃん、今日は美味しかった。ありがとう」
「二度と、いらしていただかなくて、結構です」
アリエルがなにか言うより先に、ルートヴィッヒが言葉を放つ。その後ろを、護衛騎士達が追いかけていった。