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11)エドワルドの父1

 エドワルドの来訪を告げる先触れが来たのは、もうすぐ夕食という頃だった。

「今日はずいぶんと遅くにいらっしゃるのですね」

アリエルの言葉に、先触れとして現れた男性は、壊れた蝶番(ちょうつがい)のようにぎこちなく頷くと、大急ぎで去って行った。変だ。アリエルはマリアと顔を見合わせた。


「お坊ちゃまに、お伝えしてきますわ」

マリアが大急ぎで出ていった。


 いつになったらルートヴィッヒは、マリアにお坊ちゃま以外の呼び方をしてもらえるのだろう。アリエルは鍋を見つめた。もうすぐ夕食だ。まさか、食べさせろと言いに来るのだろうか。時々、お腹がすいたと騒ぐエドワルドに、簡単なものを作ってやっている。アリエルは考えるのをやめた。どうせ、竜騎士達は、あればあるだけお代わりをする。今なら間に合う。アリエルは具を追加することにした。


 先触れがあったら、いつもはアリエルがエドワルドを迎えに行く。今、厨房にはアリエルしかいない。火を放置するわけにもいかずどうしたものか。困っていたアリエルの耳に、大勢の足音が聞こえてきた。


 先頭はルートヴィッヒだった。周囲を威圧するかなりの怒気を放っている。


 ルートヴィッヒの後ろには、エドワルドと、フリッツ達護衛騎士と、護衛騎士のような服装をした、ルートヴィッヒに似ている上機嫌の男性がいた。


 これでは、ルートヴィッヒも怒るだろう。アリエルにも理解できた。竜騎士団の兵舎には、その人物の肖像画がある。ベルンハルト国王陛下その人が、押しかけてきたのだ。


「竜丁、今日は、この者達もお前の料理を食べたいのだが」

エドワルドは、アリエルの服の袖を引っ張った。お腹がすいたとき、エドワルドのおねだりの方法だ。


「殿下、そうすると竜騎士様達の食事が減ってしまいます。先におっしゃっていただけませんと。量を用意するのは大変だと、殿下もご存じではありませんか」

アリエルにくっついて回るエドワルドは、料理の下ごしらえが出来る。包丁の扱いも上手くなった。


 この国の未来の国王陛下は下ごしらえの大変さを知っている。きっと食事を無駄にするような方にはならないだろう。だが、本来自分の食べる分があるのに、他人の分を食べてしまうのも問題だ。


「えー、なんで今日、お代わりな」

間が悪く、今日の献立を見に来たらしい竜騎士のペテロが、怒気を放っているルートヴィッヒと、その後ろの上機嫌の人物を見てしまった。

「失礼しましたぁ!」


 絡繰(からく)り仕掛けのように礼をして、ペテロはそのまま回れ右をして逃げ出していった。

「待ちなさい、ペテロ。ペーターも呼んできて。二人とも、下ごしらえはできるわね。手伝ってくれるなら特別お代わり確保するわよ。というより手伝って!」

アリエルの叫びに返事はなかった。


「あの二人」

アリエルは低い声でつぶやいた。


「竜丁。突然押しかけてくる無作法な大人の食事など、用意しなくていい。殿下の分があれば、それで十分だ」

不機嫌を隠そうともしないルートヴィッヒの低い声がした。つまり、ベルンハルトの分は無くていいと、ルートヴィッヒは言っている。兄は、怒らせると怖いらしい。


「そんな、ルーイ、ひどいな。私と君の仲じゃないか。突然来たのは私たちだからね。お邪魔なのは承知しているよ。でも、少しくらいは頂きたいね。いいじゃないか、ルーイ、子供の時、君に分けてあげたろう。何せ、君の分はどれに毒が入っているかわからなくて、食べられなかったものね。ルーイ、君が、痩せてしまって、本当に心配したよ。今日は、私は君達の半分もあれば嬉しいな」

ルートヴィッヒに良く似た声であっても、口調が全く違う。外見は良く似た兄弟でも、性格はあまり似ていないのかもしれない。アリエルは、現実から目を背けた。


 ルートヴィッヒの不機嫌をものともしない、服装だけ護衛騎士のベルンハルトは、いい性格をしている。ベルンハルトがにこやかに語るためか、ルートヴィッヒの壮絶な過去が、余計に恐ろしく聴こえた。


「その件に関しては、深く感謝いたしておりますが、このように突然いらっしゃるとなると、話は別です」

ルートヴィッヒの言葉は丁寧だ。だが、全身から早く帰れという殺気を放ち、不機嫌を隠そうとしていない。

「だって、ルーイ、私は何度もお願いしたのに、ことごとく、全部、毎回、突っぱねたよね。ひどいよ。ここにいる中で、君の竜丁の作る料理を食べたことがないのは、私だけだよ。除け者じゃないか。ひどいよ。ルーイ、ちょっとくらいいいじゃないか」


 つまり、ルートヴィッヒに断られ続けて、押しかけてきたのだ。護衛騎士を装った国王陛下は。確かにベルンハルトの言葉通り、エドワルドのおねだりに負け、アリエルがおやつ代わりに作ってやる軽食を、護衛騎士達は全員食べている。


 食べた以上は同罪だから内緒にしろと言っておいたはずだ。子供のエドワルドに秘密といっても無理だろうとは思っていたから仕方ない。だが、なぜエドワルドの父親はついて来たのだろう。贅沢な食事にいつでもありつける立場の人間が何を考えているのか、アリエルには想像も出来なかった。


 アリエルは、突然の来客達の人数を確認した。真面目すぎるルートヴィッヒだ。なかなかの性格をしていそうなベルンハルトを、帰るように説得することはできないだろう。トールに散々甘やかされているルートヴィッヒだ。弟のベルンハルトを、今日は少しくらい甘やかすべきだろう。


「まず、おかけください。あと、この食堂には皆様の分のお席はございません。どのようにその問題を解決するか、お知恵を絞っていただけたらと思います」


 国王陛下に竜丁が直接話をすることなどできない。だが、護衛騎士の格好をしているということは、今日、ここにいるのはルートヴィッヒに良く似た人は護衛騎士であって、国王陛下ではないという意味だとアリエルは解釈した。

「そうか、すまないねぇ。ありがとう。ルーイの竜丁ちゃん」

アリエルの解釈は間違っていなかったらしい。

「お帰り下さい」

上機嫌な服装だけ護衛騎士のベルンハルトと、不機嫌なルートヴィッヒの二人の似た声が響いた。

 

 この兵舎は、貴人の警護に必要なものが足りないというのが、ルートヴィッヒの口癖だ。だから、エドワルドには、ルートヴィッヒが指定した部屋だけを使わせている。その部屋には、いざという時に逃げるための隠し通路がある。竜騎士団の隠し通路なので、先は竜舎につながっている。アリエルとエドワルドならば、竜が守ってくれるだろうから、迷わず使えと言われていた。


 責任者であるルートヴィッヒは、国王ベルンハルトがこの場にいたら、気が休まらないだろう。追い返したいというルートヴィッヒの気持ちはわかるが、ベルンハルトに帰る気が一切ないのも一目瞭然だ。


 アリエルは警護のことを頭から追い出した。アリエルにはどうしようもないことだ。


 幸か不幸か、今日は最初から多めに作ってあった。追加した分もある。ルートヴィッヒも含め、皆が大好きな牛乳風味のジャガイモのスープだ。塩抜きした塩漬け肉で風味を足してある。出来上がりに、一人一人の椀が温かい間に切ったチーズを載せてやろうと用意もしていた。今日のチーズは特別だから、贅沢をしようと、夏の間にマリアが収穫してくれていたハーブも少し使った。溶けた玉ねぎの甘味もスープの味の決め手になる。


 特に理由なく、特別な献立にしたのだが、どこからか嗅ぎつけてきたのだろうか。アリエルは、この人数に何をどう食べさせるかに、頭を切り替えた。


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