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10)宰相派とエドワルドの欲しいもの

 この国の宰相の座は空席だ。数年前、収賄を理由にベルンハルトは宰相を廃した。一部の貴族、国王に近い護衛騎士や近衛や書記官は、ベルンハルトが誰を宰相に据えたいかくらいは知っている。クラウスも含め、彼らは自らを宰相派と自覚していた。残念なことに、宰相となるべき人物に全くその気がない。宰相に望まれていることすら、おそらく気づいていない。


 彼は他の才能にも恵まれた。ベルンハルト自身が、彼を彼が望んだ別の地位、王都竜騎士団の団長に任命した。確かに、当時はそれが最善だった。彼はまず、生き残る必要があった。


 国王ベルンハルトへの忠誠心はあるが、権力も何もないのが宰相派の護衛騎士達だ。宰相となるべき人物は、今も多忙だ。せめて彼が、心安らぐ時間を過ごせるように、気難しい彼を支えることが出来る女性を見つけて差し上げることが出来たらと、願っていた。


 決して幸せな生まれではない彼だ。心置きなく執務に専念していただくためには、その私生活が充実しているべきだ。かつその執務を支えることができれば理想だった。気立てが良いというのも大切だ。女性との浮いた噂一つない生真面目な彼にとって、妻を迎えれば、おそらくその人が、彼の生涯唯一の女性となる。


 貴族との接点が多い護衛騎士達は、警戒にあたりながら、謁見に訪れる多くの貴族の令嬢達を観察してもいた。


 そんなある日、まったく違うところから、彼が、正確に言えば彼の相棒である竜が、彼の妻の候補を見つけてきた。


「竜丁です」

と、彼自身も最初は、素っ気ない態度だった。


 クラウスの父も若いころ竜騎士だった。竜騎士と騎竜は友であり、相棒であり、家族であるというのが父の口癖だ。竜騎士を引退した後も、父は、懐かしそうに彼の相棒だった竜のことを語り、母が嫉妬していた。


 結婚の申し込みを躊躇する父の背中を文字通り押した、正確には尾で母のところまで父を突き飛ばしたのは、父の竜だった。その日、父が結婚を申し込んだことで、母は他の貴族との間で進んでいた婚約の交渉は水に流れた。その貴族は、領地が相次いで天災に見舞われ没落した。


 竜のおかげでお前たちは生まれたのだと、クラウスは両親から聞かされている。


 竜騎士の相棒である竜が、根拠無く女を竜丁に選ぶわけがない。竜丁として連れてこられた女を確認する必要がある。意見は一致したが、王族の身辺を警護する護衛騎士が、王都竜騎士団の兵舎に入り込む方法はなかった。出入りの商人達からの評判は良かったが、それだけではだめだ。


 あの手この手で自らが警護するエドワルドを(そそのか)し、殿下の護衛として王都竜騎士団の兵舎に同行するまでは、本当に長かった。


 彼との手合わせでは、護衛騎士としてのクラウスの自負は地の底まで叩き落された。だが、彼は、クラウスの癖を的確に見抜き、端的に指導してくれた。クラウスには、腕を上げ、彼に手合わせに誘われるようになるという目標も出来た。


 竜騎士の兵舎にいたのは、黒髪で、流民風の顔立ちをした、気の強そうな目をした女だった。王都竜騎士団の竜舎で、竜丁として働いていた。


 宰相派として、この女は遠ざけねばならない。顔を見た瞬間、クラウスと仲間は決意した。宰相の妻が見るからに流民では示しがつかない。


 だが、その女は、ベルンハルトとこの国にとっての最大の問題の一つ、後継者エドワルドの教育問題を、瞬く間に解決した。その手法は、奇抜だったが、効果は抜群だった。


 彼の執務を、竜丁の女が手伝っているとエドワルドから聞いたときは耳を疑った。だが、確かに書類には彼の手とは違う文字があった。エドワルドの教育係たちも、竜丁の女の才覚を褒めた。貴族の男性に生まれていたら、良い当主になったでしょうとまで言う者もいた。自分の弟子にしたいが、ラインハルト侯が怖くて言えないと残念がる者もいた。


 いつの間にか、素っ気無かった彼が、瞳に竜丁の女を映すようになっていた。


 宰相派達は決意した。


 彼の竜が、彼のために見つけてきた女性を、彼が望む女性を、彼の妻に。


 問題は、血筋と貴族の女としての教育を受けていないことだ。血筋はどこかの貴族が養女に迎えれば何とかなる。問題の教育に関しては、彼らの主、エドワルドが非常に熱心だった。

 

「従兄弟が欲しい。竜丁に伯母上になってもらいたい」

エドワルドの計画をきいたとき、護衛騎士達は協力を申し出た。宰相派としての目標にも合致するのだ。かの女性が殿下の剣の稽古相手となり、それなりの腕となりつつあることには、目をつぶることにした。


 ダンスとチェスを身に付けていただくのは素晴らしいことだ。


 あとは、刺繍やレースといった女性の嗜みをどうするかだ。兵舎にいるマリアは針子だと聞いた。何とかなるかもしれない。


 敬愛する国王陛下に、才覚溢れる宰相と、同じく才覚に溢れ彼を支える妻を。お仕えするエドワルド殿下に、彼が望む伯母と、出来れば従兄弟達を。宰相派を自負する護衛騎士達の目標は定まった。 


 貴族の生まれであっても長子ではなく、爵位を継承できない護衛騎士達に、政治的な権力はない。だが国王陛下への忠誠心は、ゆるぎないものだという自負はある。宰相派達は、物事が前向きに進むことを願ってやまなかった。


 一部の竜騎士達にも、エドワルドが、竜丁に伯母になってもらいたいと協力を頼んだ。ルートヴィッヒ本人とハインリッヒに内密にしているあたり、エドワルドも賢い。エドワルドの計画を知っているのは、副団長のリヒャルトを中心とした、平民や地方貴族出身の竜騎士だけだ。


 エドワルドは、アリエルを貴族の子女の嗜みの一つであるダンスの稽古相手に指名した。アリエルが剣の稽古にエドワルドを誘ったのと似たような手口を使ったことに、竜騎士たちは苦笑した。もともと他人同士だが、よほど気が合うのだろう。あとは、器楽演奏と、刺繍やレースだが、どうやって誘うか、作戦を一緒に立ててくれと言われている。


「竜丁が伯母上になって、ラインハルト候との間に子供が生まれたら、私の従兄弟になる。従兄弟はいっぱい欲しいな」

目を輝かせて語ったエドワルドの計画に、護衛騎士達と竜騎士達は、笑いを噛み殺しながら、協力を約束した。


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