9)エドワルドへの策略2
エドワルドは、母に仕えている侍女の一人をじっと見た。チェスをクラウスに教えてもらおうと思ったが、自分はあまり人に教えるのが上手ではないと、断られてしまった。クラウスが薦めたのは、後宮にいるハインリッヒの妹のマーガレットだった。強いうえに、相手を見ながら指すことができるから、練習相手にうってつけだと言われた。
エドワルドが侍女を探しているなど、母に知られたら大変なことになることくらい、エドワルドにも予想ができた。チェスの相手として探しているということを、母は理解しないだろう。侍女の顔を観察していたエドワルドは、ようやくハインリッヒに似た面影の侍女を見つけた。
「お前、名はなんという」
「マーガレットと申します」
「お前によく似たものを見たことがある。兄弟はいるか」
「はい、兄がおります」
クラウスのチェス相手のマーガレットかもしれない。
「何をしている」
「竜騎士をしております」
やっと見つけた。エドワルドは確信した。チェスでアリエルに勝利するための、最初の手がかりを見つけたことが嬉しかった。
自分がここにいることが、エドワルドにばれたことにマーガレットは歯噛みする思いだった。エドワルドが王都竜騎士団の兵舎で日中を過ごしている。いつか気づかれると思っていた。竜騎士である兄、ハインリッヒは、エドワルドの伯父であるルートヴィッヒ・ラインハルト侯の部下だ。ルートヴィッヒの情報を貴族に垂れ流すことがハインリッヒの役目だ。ルートヴィッヒはハインリッヒの役目を知りながら、副団長にハインリッヒを就任させた。マーガレットには理解できない考え方をするルートヴィッヒが、マーガレットは恐ろしかった。
ハインリッヒの妹が、ルートヴィッヒに敵対的な侯爵派の伯爵家から王家に嫁いできた王妃の元にいることを、エドワルドに知られてしまった。エドワルドは、ハインリッヒが侯爵派であるということくらい気づくだろう。
エドワルドがラインハルト候を慕っている。エドワルドがハインリッヒをどう思うかが心配だった。ハインリッヒの立場を危うくするようなことにならないかが、マーガレットには気がかりだった。
「では、お前はチェスはできるな」
ハインリッヒのことを案じていたマーガレットは、エドワルドの発言に、肩透かしをくらった。
「お前の兄、ハインリッヒは、勝負に強く、教えるのもうまいときいた。妹のお前もそうだろう。私は、チェスで勝ちたい相手がいる。教えてくれ。内緒だぞ。チェスの教師相手に練習しているだけでは、勝てるとは思えない。あれは賢いからな。いいか、私が勝つために、教えろ。強くなったら、いつか父上にも勝負を挑んでやる」
「はい。わたくしでよろしければ、精一杯努めさせていただきます」
闘志に燃えるエドワルドに、マーガレットはどこか懐かしい思いを感じた。兄弟でチェスの腕を競い合っていたころを思い出した。誰が一番か、最初に父に勝つのは自分だと、お互いに張り合っていた。
マーガレットはクラウスと、チェス盤を前にしていた。
「私が、エドワルド様のお相手をするなんて」
マーガレットは駒を動かした。
「あなたが適任と思ったのですが」
クラウスも駒を動かす。
「王妃様にお目をつけられては、私も困ります。実際に、噂だけで、竜侯様の竜丁を嫌い、毎日悪口をいっているくらいです」
マーガレットの目は、盤面に注がれたままだ。竜侯様の竜丁といえば、たった一人、アリエルしかいない。
「その竜丁様のお相手に、あなたの兄上を推薦させていただいております。殿下が勝ちたい相手というのは、今のところ竜丁様ですよ」
護衛騎士と竜丁の間には歴然とした身分の差がある。本来であれば、竜丁に敬称をつける騎士などいない。
「ずいぶんと、肩入れしておられますのね。竜丁なのに」
「いずれ、あなたもお会いになればわかりますよ」
「竜丁などという、男の仕事をするような粗野な女でしょうに」
「噂というものは、恐ろしいものですね」
クラウスは駒を動かした。
「チェックメイトです。私の勝ちですね。ところで、一つ教えていただきたい。貴族の女性に必要な嗜みとは何でしょうか」
クラウスは実家の姉と妹にも手紙を送っていた。準備は早い方がよい。
「ダンス、音楽、刺繍、レース編み、チェスでしょうか。家風もありますし、私の家は男爵です。より身分の高い方の場合はまた違ったものになるでしょうしね」
「女性というのは大変なのですね」
クラウスは姉と妹が、刺繍やレース編みに苦労していたのを思い出した。
「まぁ、殿方も大変でしょうに。私の兄二人も、色々鍛錬に励んでおりましたわ」
そういえば、クラウスは、ハインリッヒと手合わせしたことはなかった。チェスは一度負けた。勝負には様々なものがある。負けたままにするつもりはなかった。