7)エドワルドの策略2
色々と考えた結果、エドワルドは一つの計画を思いついた。その前に、確かめておかねばならないことがある。エドワルドは、ルートヴィッヒが王族だった時代を知る護衛騎士を呼んだ。
「フリッツ」
貴族の四男であるフリッツは、ルートヴィッヒをとても尊敬している。護衛の腕を確かめるといって、ルートヴィッヒが手合わせを申し入れてきたとき、感激したフリッツにルートヴィッヒ自身が驚いていた。他の護衛達は皆、ルートヴィッヒに全く歯が立たなかった。フリッツも負けたが、それなりに良い試合をしたらしい。時々、ルートヴィッヒから剣の稽古相手に誘われている。フリッツが、それを誇りに思っていることをエドワルドも知っている。
「なんでしょうか」
「ラインハルト侯の昔のことを聞きたいのだが」
エドワルドの言葉に、フリッツは二人の間を詰めてきた。他人に聞かれては困ることを、察してくれたのだろう。
「ラインハルト侯は、ダンスは踊られるのか」
「かつては舞踏会で踊っておられたこともあります。それも本当にお上手で美しく、令嬢たちは、あまりのことに」
「倒れるのか」
「いえ、倒れるのは候の美しく完璧なボウ・アンド・スクレープをご覧になったときです」
父の話が本当だったことにエドワルドは驚いた。
「なぜ倒れる。ボウ・アンド・スクレープだろうに」
「片方の血筋が王族でもう片方は平民です。そのようなあの方の美しく完璧なボウ・アンド・スクレープと、自らのカーテシーとを比較して、恥ずかしさのあまり倒れられるのです」
「理解できん」
エドワルドの言葉に、フリッツも頷いた。
「で、ラインハルト候とダンスするとどうなるのだ」
「あくまで、当時のご令嬢たちのお話です。私ではありません。あの方に、うまくリードされるのが悔しいとか、随分と醜いことを口にされるご令嬢方がおられました。逆に、ダンスのお上手なご令嬢方ほど、めったに踊らないラインハルト候と踊られるのを楽しみにしておられました。候と踊ると皆、本当にお美しかったのです。特にダンスがお上手なご令嬢ほど、美しく華やかで素晴らしく、私も見惚れておりました」
「令嬢というのは面倒な生き物だな」
フリッツが頷いた。貴族の四男のフリッツは適当な貴族に婿養子に行く道もあったが、自らの意思で護衛騎士となった。彼自身の功績で貴族となる道もあるが、彼は貴族という身分に未練はない。城の外に親しい女性がいて、非番の日に出かけていることくらいエドワルドも知っている。
「フリッツ、ちょっと相談がある。内緒の計画だ。今のところ、まだ誰にも言ってない」
エドワルドの言葉に、フリッツはさらに間を詰めてきた。
「作戦を立てたい」
エドワルドはいつも通り、先ぶれを出してから竜騎士団の兵舎に向かった。アリエルが出迎えてくれる。
「竜丁。頼みごとがある。ダンスの練習相手になってくれ」
エドワルドは用意していた言葉を言った。
「貴族のお嬢さん達がいらっしゃるではありませんか」
そう言われることもわかっていた。
「誰かに頼むと、自分こそが婚約者だと言ったり、他と争ったりして面倒だ」
フリッツが考えてくれた言い訳を口にした。後ろに立つフリッツも、重々しく頷いて、エドワルドの言葉を肯定してくれている。
「まぁ、確かにそうですねぇ」
竜丁が少し考えた。
「だから、竜丁に頼みたい。竜丁相手ならば、婚約者だと噂が立つようなこともない。令嬢たちが争うこともない。王子の私は、ダンスを上手く踊る必要がある。各国の要人を招いた際など、踊らねばならない。練習相手は必要だ。手伝ってくれ」
「でも、私、ダンスなんて知りませんよ」
「大丈夫、ダンスの教師はいる。練習相手がいないだけだ。頼む、竜丁。ダンスの練習を手伝ってくれ」
「では、私でよければ。でも、一応、団長様にも断ってからでいいですか」
エドワルドは作戦成功の喜びで緩みそうになる顔を必死でこらえて、真剣に頷いてみせた。
「もちろんだ。竜丁はラインハルト侯の竜丁だからな」
すでに、ルートヴィッヒには、国王である父からの書状が渡っている。父も大変乗り気だった。
アリエルは、すぐに戻ってきた。
「団長様もいいとおっしゃいました。でも、場所はどうしますか」
「場所は」
考えていなかったエドワルドは慌てた。兵舎ならばよいだろうが、そんな大きな部屋はないはずだ。エドワルドは普段、後宮のダンスホールでダンスの練習をしている。
だが、後宮にアリエルを連れて行くことは出来ない。王妃がいる。国王である父も、ルートヴィッヒも許可しないだろうし、エドワルドもアリエルを危険にさらしたくはない。
王妃が暮らす後宮に入ることが出来る人間、特に男性は限られる。成人前の王族と、国王と、彼らを警護する護衛騎士だけだ。母であるシャルロッテが伯爵家からの騎士を数人、護衛として連れてきているが、本来は禁じられている。
ルートヴィッヒも後宮で育ったが、自由に出入りできない。彼が何度も命を狙われた場所でもある。目の届かない場所にアリエルがいくことを、ルートヴィッヒが許すはずがない。
「殿下がよろしければ、竜舎を使いますか。檻の前は比較的広いですし」
「おぉ、無論だ。そのほうが、ラインハルト侯も安心するだろう」
エドワルドはアリエルの思い付きに、感謝した。作戦の詰めが甘かったが、なんとかなった。
「安心って殿下も面白いことをおっしゃいますね。竜達の退屈しのぎにされるでしょうが、まぁいいでしょう」
ラインハルト侯も竜丁殿も、優しい人ですから。エドワルド殿下が、困るとか、助けてくれとか、手伝ってくれとお伝えしたら、絶対に殿下のお願いを聞いて下さいますよと、フリッツが言ったとおりになった。
エドワルドは気づかなかった。庭から兵舎に向かってフリッツが頭を下げたことを。それを確認した人影は、兵舎の一室の窓から離れた。