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6)エドワルドの策略1

 エドワルドはいつの頃からか、父と母の不仲を知っていた。不仲な両親から、よく自分が生まれたものだと、エドワルドも思っていた。弟や妹が欲しかったこともあるが、ずいぶん前に諦めた。


 父、ベルンハルト国王は執務に忙殺されていて、なかなか会えない。たまに時間をとってくれる。そんなとき父は、決まって、最近何をしていると聞いてくれる。前は何を言っていいかわからなかった。最近は、言いたいことが増えた。やってみたいことも増えた。沢山話せることがある自分が嬉しいし、そんな自分を父が喜んでくれるのも嬉しい。


 母、シャルロッテ王妃とは、年に数回公式行事で会うだけだ。侍女達は母に関してはあまり良いことを言わない。実際に、母にたまに会っても誰かの悪気を言い、嘲笑い、エドワルドに命令するだけだ。いつも化粧と香水の香りが充満している部屋で着飾って、何もかもが嫌だという顔をしている。母と話すことなどなにもない。話をしたいとも思わない。


 もう死んでしまったが、乳母は優しかった。あまりよく覚えていないが、大好きだった。竜騎士の兵舎にいるマリアは、伯父ルートヴィッヒ・ラインハルト侯の乳母のような人だったという。父と同じ年のはずのルートヴィッヒをお坊ちゃまと呼び、それに困るルートヴィッヒを見ていると、羨ましかった。マリアはエドワルドにも優しくしてくれるから、大好きだ。


 父に会う時、エドワルドの話は、ルートヴィッヒと、ルートヴィッヒが大切にしている彼の優しい竜丁の話ばかりになってしまう。父は、他の貴族が噂するように、ルートヴィッヒを嫌ってはいない。むしろ、気軽に会えない分、喜んで話を聞いてくれた。


「兄弟だからね。仲良くすると他の貴族が妬むから、あまり仲良くないふりをしているだけだ。本当は仲がよいのは内緒だよ」

と父は言っていた。ルートヴィッヒが大切にしていて竜騎士たちも慕っている、優しい竜丁の話も、父は好きだった。


 ルートヴィッヒが王領の統治について、丁寧に教えてくれるというと、父は、ルーイは賢いからねと、満足そうに頷いた。本当は宰相になって執務を手伝ってほしいが、他の貴族が嫉妬するから、頼めないと残念そうだった。


 竜には乗せてもらえないが、彼の竜であるトールに触らせてくれるというと羨ましがった。


 竜丁と剣の稽古をしているというと、父は呆れたように天井を見て、ルーイだからねぇと言った。父の言葉の意味はよくわからなかったが、女との手合わせを駄目とは言われなかった。


 竜騎士達が剣の稽古につきあってくれるようになったと言うと、喜んでくれた。


 一人で聞くと面白くない教師たちの講義も、竜丁がいると楽しかった。竜丁は、他国の話も、一生行くことのない国の話を聞けるなんて素敵と、楽しそうだった。


 竜丁は、もしこの国と戦争するなら、どういう準備がいるかと物騒なことを言う。戦争に勝った場合と負けた場合の交渉についてまで、あれこれ考察して、教師をすぐに脱線させてしまう。


 法律の話は悪者を退治すると張り切って聞く。そんな竜丁の様子を話すと父は面白がった。かなりの頻度でルートヴィッヒや竜騎士達も同席していると言うと、自分も同席したいのにと父は悔しがった。


 どうしても、お腹がすいて我慢できないというと、内緒だといって、エドワルドと護衛騎士に、竜丁が料理を振舞ってくれたことも話してしまった。一緒に食べた護衛騎士が、あなたも食べたのですから同罪です。内緒にしておいてくださいと言われ、しまったという顔をしていたという話には、父は大笑いした。


 真夏、王都竜騎士団は北に行ってしまう。王都の警備のため、少数の留守番の竜騎士と、他の竜騎士団から手伝いが来る。エドワルドが王都竜騎士団の兵舎に出入りしていることは、他の竜騎士団には内密にしておくほうが良いと父もルートヴィッヒも言った。だからたまに、マリアのところに遊びにいき、竜丁の小さな畑の水やりや、鶏小屋の世話を手伝うだけだった。王都竜騎士団が帰ってくる日が待ち遠しかった。


 秋になり、北の領地から王都竜騎士団は帰ってきた。美味しいお土産が沢山あるから、内緒で味見させてあげると竜丁は言ってくれた。


 ルートヴィッヒが竜丁を、前よりもずっと優しい目で見ていることくらいエドワルドにもわかった。竜丁がルートヴィッヒに向ける微笑みが、エドワルドに向けるものとは違うこともわかった。副団長のハインリッヒが苛立っているのもわかった。他の竜騎士たちが、ルートヴィッヒと竜丁を温かく見守り、もう一人の副団長リヒャルトが、少し元気がないのもわかった。


 エドワルドは希望を手に入れた。従兄弟だ。弟も妹も無理でも、従兄弟は可能性がある。この夏、北の領地で、きっとその可能性は高くなったに違いない。


 ルートヴィッヒの立場が、難しいものであることくらいわかっている。彼が政治的な混乱を望んでいないことも知っている。それに竜丁を巻き込んでしまうことを恐れているだろうと、南方竜騎士団団長アルノルトから聞いた。


 それでもエドワルドは従兄弟が欲しい。竜丁に、伯母になって欲しい。伯父上と絶対に呼ばせてくれないくらい、伯父ルートヴィッヒは頑固で厳格な人だ。だが、あの竜丁ならば、伯父がどんなに頑固で真面目で厳格であっても大丈夫だと思う。


 ルートヴィッヒは、間違いなくエドワルドの伯父だ。一時は王族として教育を受けていた。国王である父に言わせると、ルートヴィッヒは王族として完璧だったという。


「ルーイは賢くてね。教師達の評判も良かった。勉強以外もよく出来てね。ルーイの完璧で美しいボウ・アンド・スクレープを目にした貴族の令嬢達が、舞踏会で次々失神して大変だったんだよ」

父は若い頃のルートヴィッヒのことをエドワルドに教えてくれる。勉強に関しては、父の言うとおりだろうが、舞踏会のことは、父の冗談だろう。


 王族を離れたが、庶子である彼の身分は侯爵だ。竜丁は平民だ。とても優しい女だ。竜丁は、エドワルドと剣の稽古をしてくれる。一人で稽古しなくてよいからエドワルドは楽しい。だが、女としては問題があると思う。今のままの竜丁では、彼女が伯母になった場合、貴族達が嘲ったり、侮辱したり、けなしたりすることくらい、エドワルドにも予想できる。特に、母である王妃がその筆頭に立つだろう。


 ルートヴィッヒの大切な竜丁だ。めでたく伯母になってくれた時には、エドワルドにとっては、大切な伯母になる。母や貴族達から、伯母になってくれそうな竜丁を守るために、エドワルドに何ができるか。エドワルドは一生懸命考えた。

 



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