4)竜舎の地下
村の女達にもらった食料は、竜舎の床下にある古い地下牢に収納することになった。
「こんなところに地下牢があったなんて知りませんでした」
慣れた様子で歩くルートヴィッヒの背に、アリエルは声をかけた。
「あぁ。使っていないからな。気づかないのも無理はない」
アリエルも、竜舎の床下に空間があるらしいことに気づいていた。音の反響が違うのだ。いろいろ歩き回ってみたが、入り口を見つけられずにいた。
「古いものだ。竜舎より前にあった建物の地下を残して、竜舎とつなげたらしい」
使われている煉瓦が、竜舎より小さかった。広さも竜舎の床面積の半分もない。螺旋階段が中心にあり、周囲を小さな部屋が取り囲む。塔を地下に埋めたような構造だった。
「ここなら、夏も涼しい。一人で入るな。必ず私と入れ。他の者はここのことなど知らん。私の他では、アルノルト殿がここをよく知っている。他はゲオルグと、ハインリッヒが少し知っているくらいだ」
「毎回、団長様をお呼びするわけにも」
「執務につきあってくれているから、別にかまわない。それに、部下に知れたら、勝手に食べつくされそうな気がする」
アリエルは笑ってしまった。
ルートヴィッヒと一緒に夕日を見に行った日、星を見てから帰ったら、二人の分の食事が残っていなかった。ルートヴィッヒはしっかり覚えていたらしい。
「保存食が多いから、そのまま食べられないこともない。お前がどうにかしてくれたほうが、美味しいだろう。どうせならゲオルグに棚をつくってもらおうか」
「いいですね。でも、ここどうして団長様と南のアルノルト様がご存じなのですか」
ルートヴィッヒの顔に、ばつの悪そうな表情がうかんだ。
「見習いの時に、入り口を見つけてアルノルト殿を誘って入った。当時の団長だったゲオルグに、随分叱られた」
「まぁ。団長様ったら、やんちゃな見習いだったんですね。せっかくですから、どうやって見つけたとか、教えてくださいよ」
アリエルの言葉に、ふいとルートヴィッヒはそっぽを向いた。
「見習いは、王都では三年毎に集めるからな。来年、来るぞ」
「もう、団長様、ごまかさないでください。それに、来るぞと言われても、場所はどうするんですか。食事なんて、今で手一杯ですよ」
見習いを集めるのが三年毎なのは、それだけ大変なのだろう。それが来ると言われてもアリエルは戸惑うだけだった。
「見習いの分は心配いらない。竜騎士団の預かりではないからな。王宮付きの騎士団がすべて面倒を見る。指導を担当するのが、まだ、どこの団が責任か決定していない。順当にいけば、次は東だ。有事にでもならない限り、東の竜騎士団のうち、団長か副団長、教育担当の数名が、王都にくる。前に御前試合の時に南がきたようなものだ。他の竜騎士団から数人ずつくることもある」
「まぁ」
「お前の食事の件は、そこそこ知られている。見習いの指導は正直面倒だが、今回は、東は立候補が多いらしいぞ」
「あの」
「手間をかけるが、担当になった竜騎士団の分の食事は作ってやってくれ。東から、竜の世話も、宿舎の掃除も全部やる。頼むから、飯を食わせろ、食事だけは王都竜騎士団と同じものを食べさせてくれと、今から連絡がきている」
「そんなに期待していただいても、特別なものなど、お出しできません」
「いつも通りでいい。よくわからないが、お前の料理は美味しい」
「あまり変わり映えもしないものですよ。同じものになってしまうことも多いのに」
「いい。お前の料理が食べたい。来年も、その先も、お前の料理が食べたい」
ルートヴィッヒと目が合った。
「この先、お前は、どうしたい。そろそろお前も嫁ぐ年頃だ。誰かに嫁ぐのか。どこか、誰かに嫁いでも」
言葉を紡ぐのもようやっととでもいうのか、ルートヴィッヒは言い淀みながら、一言一言、必死に声にしているようだった。
「ここに、いてくれるか」
掠れた、ささやくような声だった。