1)北の領地を立つ
王都に戻る日。村の女達は約束通り、餞別の品を用意してくれた。
「まぁ、こんなにたくさん。とっても嬉しいけれど、村の冬のほうが厳しいでしょうに」
アリエルの言葉に女達は豪快に笑った。
「なぁに大丈夫さ。今年は豊作だったし」
「男所帯の竜騎士様たちに、あげてもね、使いきれないと思っていたから、今まで遠慮してたのさ」
「これで、私達の領主様に美味しいものをつくってあげとくれ」
「旦那のチーズをおいしいって、言ってくれたからね。張り切って旦那が作った分だよ。持って帰っておくれ」
女達はかわるがわるアリエルに抱き着き、別れを惜しんだ。
「また来年も来ておくれ。なんなら、いい話があるといいね」
そんな女の言葉に、ハインリッヒだけが目を吊り上げていた。
「何かいいことがあったらお話しします」
村の女としては、いい話として、アリエルとルートヴィッヒの結婚をと、匂わせたつもりだった。頓珍漢なアリエルの返事に、見送りに来ていた村人達がどっと笑った。
食欲につられた竜騎士たちは、竜の飛行能力に合わせて荷造りし、手際よく各自の竜に積んだ。
「お前は竜に懐かれ、人に好かれるな」
「でも、みんな領主様に食べて貰いたいって、団長様のこと好きだから、分けてくださるのですよ」
「そうか、では、皆に礼を言わねばならないな」
そんな二人の様子に、見送りに来た村人達は、互いを肘でつついたり、微笑みを交わしたり、生温い視線を注いだり、それぞれだった。
竜は一頭増えたが、アリエルはルートヴィッヒと一緒にトールに乗って帰ることになった。
人を乗せる訓練中であるフレアの妻フローラが、飛行訓練をしたことのないアリエルを乗せるのは危ない。特に長距離は無理だと、リヒャルト達が主張したのだ。アリエルがトールに乗ることに、ハインリッヒは大反対し、地方貴族出身というヨハンもあまりいい顔をしなかった。
「訓練を受けていない竜丁とフローラが、長距離を飛べるとは思えません」
リヒャルトの言葉に、竜騎士の多くは同意した。他に比べて少し小柄なフローラが、人を乗せて、他の竜についてくることができるかということを、問題にした者もいた。
結果、ハインリッヒの渋面をよそに、アリエルはルートヴィッヒの腕の中に納まり、トールの背に乗っていた。
「そろそろお前の育った村だ。降りるか」
ルートヴィッヒの言葉にアリエルは首を振った。
「いいえ」
「旋回して見るか」
「いいえ」
「なぜ」
「わかりません。見たくない」
怖い。アリエルの最後の一言は声にならなかった。
「わかった」
ルートヴィッヒは、部下に合図し、トールを加速させた。
「つらいこともあったのだろうが、お前がいつかお前の育った村をちゃんと見ることができると良いな」
「はい」
昨日までは、アリエルも、村を通ることを、少し楽しみにしていた。村がどうなっているか、村はずれの神殿のことも、養父と暮らした小屋のことも、気になっていた。養父のお墓にお参りもしたい。だが、いざ、降りるかと言われたとき、突然、何もかもが怖くなった。
慰めるように、ルートヴィッヒがアリエルを抱く腕に、少し力を入れてくれたことがうれしかった。
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2022年10月15日19時-2022年10月20日19時 前日譚 第二章投稿しております。
お楽しみいただけましたら幸いです。




