29)砦にて
大きな岩に二人並んで腰を下ろし、星を見ていた。互いの肩が触れそうで触れない距離だ。体温が感じ取れるほど近くても、アリエルはルートヴィッヒに、身を寄せることができなかった。
「そろそろ戻ろうか。ここは高いから夜は冷える」
ルートヴィッヒはそっとアリエルを岩から降ろしてくれた。そのまま二人、トールに乗って砦に戻った。
厨房には何もなかった。村の女達は残しておいてくれたのだろうが、竜騎士達が見つけて食べてしまったに違いない。
「困ったな。私はともかく、お前の分がない」
「何か作りますよ」
「もう遅いだろう。部屋に少しある。来るか」
ルートヴィッヒに手を引かれて、彼の執務室にいった。乾燥させた木の実や果物と、アリエルの淹れた茶が二人の晩御飯になった。
「部屋に常備しているのはこのくらいだ。お前がくれた兵糧は、もう食べてしまったし。すまないな」
申し訳なさそうなルートヴィッヒに、アリエルは笑った。悪いのは彼ではなく、彼の部下達の底無しの食欲である。それだけ訓練しているということでもあるから、仕方ない。
「団長様、今度は、お食事を持って行きましょう」
「どうやって持って行く」
「村の女の人に教えてもらいました。山仕事のご家族の方のために作るそうです」
アリエルは言ってから気づいた。これでは、自分から出かけようと誘っているのと同じだ。
「そうだな」
気づいたのか気づいていないのか。ルートヴィッヒは穏やかな表情だった。
「霧がかかっていることが多いが、花がたくさん咲いている場所もある。天気が良ければそこもいい。前にトールに連れて行ってもらった」
煩わしいことをお忘れください。
ルートヴィッヒは村長の言葉に甘えることにした。訓練の後、少しアリエルを連れ出すだけだ。北の最果て、辺境の土地だ。
ハインリッヒが黙っていれば、貴族の達の耳に入ることもない。問題になりそうならば、他の竜騎士も誰か同行させれば、二人きりだと言われることもない。
「送ろう」
アリエルの部屋は、代々の竜丁が使ってきた竜舎近くの部屋だ。砦の中を移動すると執務室からは遠い。執務室から竜舎へは直結する隠し通路がある。アリエルに何かあれば竜が知らせてくる。
「ここでは遅くなると、マリアじゃなくて、トールに怒られる」
隠し通路で声を潜めて言うルートヴィッヒに、アリエルが笑った。




