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28)湖

 アリエルが気づいたのはいつのころからか。アリエルと二人だけの時、ルートヴィッヒは笑う。最初は、人が多いのが苦手なのだろうと思っていた。きっとアリエル以外であっても、二人きりであれば、それなりの喜怒哀楽も表現するだろうと思っていた。実際、エドワルドといるときは、それなりに表情がある。


 問題が表情の有無ではない、違うと気づいたのは、ハインリッヒのせいだ。ハインリッヒは、ルートヴィッヒがアリエルを構うことを嫌う。アリエルは、最初から移動のときにはトールに乗せてもらっていた。騎竜の中では、トールが最も体が大きく翼の力も強い。大人を二人載せても、他の竜よりも早く飛ぶトールにアリエルが乗るのは当然だと思っていた。


 騎竜の飛行能力という意味では、ヴィントにアリエルも乗れると、ある時気づいた。フレアもおそらくヴィントと張り合うだけの飛行能力が、ある一定時間だけならばある。だが、絶対にルートヴィッヒは、自分でアリエルを抱いてトールに乗る。竜達は、トールの竜丁であるアリエルが、トールの背に乗るのを当然と思っているから気づかなかった。人の視点は違う。一つ気づくと、いろいろと見えていなかったものが見えてきた。


 アリエルは、執務室で書類仕事の手伝いをしている。執務室に自由に出入りし、仕事を手伝っているのはアリエルだけだ。機密書類があるからだと思っていた。


 だが、他騎士団の会計書類など、機密でもなく、計算さえできれば誰でも手伝える。リヒャルトは商家の息子だ。大商人で、支店を任される話もあったが、あこがれの竜騎士になるために家出したといっていた。ペーターとペテロの双子は、石工の息子で、面積と体積、割合も理解できた。ハインリッヒもヨハンも貴族だ。家を継ぐ教育くらいは受けていたはずだ。


 ルートヴィッヒはマリアですら、食事を運ぶ時以外は、執務室に入れていなかった。


 ルートヴィッヒは、アリエルが淹れたお茶は、素直に飲む。料理も食べる。だが、他の場所では、必ず自分以外の誰かが口にしてからでないと、何も口にしない。大概、最初に口にするのは副団長のハインリッヒかリヒャルトだ。二人とも、自分から毒見役を引き受けていた。

 

 ルートヴィッヒは常に帯剣している。抜刀するには、ある程度の空間が必要だ。そのためか、近すぎる間合いには誰も入れない。アリエルも間合いはわかるから、立ち位置には気を付けている。それでもルートヴィッヒとの距離が近すぎると思うことは少なくない。


 アリエルの身に着けている短剣は、ルートヴィッヒにもらったものだ。短剣に見えるが、強く振り出すと柄に収められている刃が出てきて、引っ込まないようになる仕掛けがある。女が長剣を身に着けていると目立つからといって、護身用にくれた。


 アルノルトから、見習い時代にルートヴィッヒが持っていた短剣に似ていると言われた。柄も鞘も真新しかったが、刃は確かに鍛え直したものだった。


 ハインリッヒは、ルートヴィッヒのアリエルへの扱いが、他と違うと、神経をとがらせる。ルートヴィッヒはハインリッヒの言葉に、他意はないと否定する。アリエルとの距離が近いことは認めるが、行動を変えない。二人の言い争いは平行線のままだ。


 ルートヴィッヒの行動を判断するのは、ルートヴィッヒではない。彼の行動を見た他人だ。残念ながら、ルートヴィッヒに好意的な貴族は少ないと、エドワルドから聞いている。おそらく、ハインリッヒと同じ解釈をするだろう。ハインリッヒは、ルートヴィッヒの立場を案じて、口うるさく言うのだ。

 

 ルートヴィッヒのことを思うならば、アリエルは竜騎士団から離れるべきだろう。だが、生みの母の旅芸人から受け継いだ外見的な特徴から、アリエルが流民の血を引くのは明白だった。蔑まれる流民の女は、誰かの庇護なしに生きることなどできない。行くところがない。生き延びるために、身を売るしかないだろう。それは嫌だった。


 王都竜騎士団にかかわる人も竜もみな、アリエルに、ここにいろと言ってくれる。ルートヴィッヒは、アリエルとの距離が近い。だが、他との距離が遠いだけでもあるのだ。


「ハインリッヒの意見も、間違っちゃいない。多分、貴族はハインリッヒみたいに考える。あいつが苛立つのもわかるっちゃぁわかる。でも、竜丁がきてからのほうが、団長が人間らしくなったから、俺は、竜丁がいてくれたほうがいい」

北の領地へ向かう途中、険悪な雰囲気で言い争っていたルートヴィッヒとハインリッヒを見ながら、リヒャルトは言った。周りの竜騎士たちもうなずいた。


 人間らしくなる前のルートヴィッヒは、何だったのかと思ったが、それより前にリヒャルトが、言い争いをしていた二人に声をかけてしまったから、聞かないまま、日々が過ぎていた。



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