27)水浴び
北の領地にいても、竜騎士達は訓練を怠らない。山地のほうが、気流が乱れて飛ぶのが難しい。わざわざ足場の悪い山道で剣の稽古もした。北の領地ならではの鍛錬が続いたある日、訓練後の水浴びから帰ってきた一行を見て、アリエルは腰に手を当てた。
「なんですか、その恰好は、みっともない」
全員上半身裸のまま、竜に乗って帰ってきたのだ。
「水浴びの後、風を切って飛ぶと気持ちがいいからな」
ルートヴィッヒは平然と答えた。その後ろで竜騎士達は慌てて服に袖を通していた。
「山の上に綺麗な湖がある。夕日の頃、特に綺麗だ。あとで行くか」
「湖は見たいですけど、服は着てください。みっともないじゃないですか」
「暑いから嫌だ」
そう言いながら、ルートヴィッヒは砦の中に消えていった。
「団長様、子供みたいなこと言わないでください」
腰に手を当て、怒りながら見送ったアリエルの目に、ルートヴィッヒの鍛えた上半身と、そこにある傷跡がはっきりと見えた。首にも不自然な傷があることは、前から知っている。見習い時代に同期だったというハインリッヒには、大きな傷はない。おそらく刺客に襲われた痕なのだろう。
どんなに鍛えていても、栄えある王都竜騎士団が、その領地で上空を上半身裸で飛んでいるのは、情けないし、みっともないとアリエルは思った。
「ちゃんと服くらい着られるでしょうに」
アリエルは溜息を吐いた。竜騎士達が顔を見合わせていたことに、アリエルは気づかなかった。
数日後、夕食の用意をしていると、ルートヴィッヒが厨房にやってきた。
「竜丁、出かけるぞ」
「え」
アリエルの返事を待たずに、ルートヴィッヒが手を引いた。
「はいはい、任されとくよー。行ってらっしゃい、竜侯様。お嬢ちゃんをよろしくね」
「ちゃんと食事は置いとくからね」
村の女達は楽しそうに見送ってくれた。
「湖に行くぞ。多分、今日は夕日がきれいだ」
ルートヴィッヒはそういうと、アリエルを抱き上げ、トールに跨った。山の日暮れは早い。空を染める夕焼けを見ながら飛び、湖に着くころには、ほぼ暮れかかっていた。
「人の足では、ここに来ることはまず無理だ。静かなところだ」
そういうと、ルートヴィッヒはアリエルを岩の上に座らせてくれた。
「この湖は、深いから危険だ。絶対にお前は水に入るな。落ちても助けられない」
湖は、暗くて全体が見えないが、澄んだ水の先を、見通すことができなかった。
「そんな深い湖で、水浴びを?」
「いや、水浴びは別だ。少し待っていろ」
山の上は寒い。ルートヴィッヒは自分の着ていた外套もアリエルに着せてくれた。
「お前には寒いだろうな」
風上に座って、風よけになってくれていた。
「ほら、今日は新月だから、星が多い」
ルートヴィッヒの言う通り、空と湖に沢山の星が輝いていた。
「綺麗」
山で暮らしていたころ、夜は休む時間で星を見ることはなかった。王宮は夜もかがり火を焚いて明るく、星はあまり見えない。そもそも夜は、刺客の時間と言われ、出歩くなどは以ての外と、ルートヴィッヒから厳命されている。
「ひっくり返るぞ」
湖を眺めゆっくりと空を見上げていくと、ルートヴィッヒの手に頭が当たった。
「この岩は、お前が寝転ぶ大きさはない」
ルートヴィッヒが笑っていた。




