26)竜達と竜丁
砦へ使用人として来ている女達に、アリエルが受け入れられるのは早かった。市場に一緒に出掛け、誰かの家でお茶に呼ばれたりもしているらしい。崩れた氷室に閉じ込められた一件以来、村の女達も気を付けて、アリエルを一人にしないようにしてくれていた。
「ここの方が楽しいか。冬は厳しいが、村の者は慣れている。お前が残りたければ残ってもいい」
執務室で書類を片手にルートヴィッヒはアリエルに言った。
「お邪魔じゃなければ、私は団長様と一緒に、行ったり来たりが良いです。ここの冬は吹雪の日、水鳥も湖で氷漬けになると聞きました。そんな寒いところ、想像もできません」
「そうか」
アリエルの言葉に、ルートヴィッヒは微笑んだ。
「私もお前の淹れてくれる茶を、こうして毎日飲めるほうがいいな」
「そう言っていただけると、うれしいです」
アリエルはお代わりを注いでやった。
翌朝、アリエルはトールの檻にいた。
「あなたの気持ちがわかったわ。私に、残りたければ残っていいって口は言うのに、顔は全然言ってないの」
ーほうー
「で、一緒に行ったり来たりするほうがいいって言ったら」
ー笑うだろう。あれがー
「そうなのよ」
ー“独りぼっち”のやせ我慢はなんとかならんのかー
「まぁ、立場上、仕方ないかなとは思うけど」
ー立場?-
「二か所で生活しているから、雇い主としては、雇われている側の意向も大切でしょう。団長様は、王都で女手が足りないからって、村の女の人を無理やり連れて行ったりする人じゃないわ」
ーそうか。ではなぜ、私を無理やり捕まえたのかねー
「捕まえたのは団長様じゃないでしょう。群れに会いに行っていいと言われて行かなかったのは誰かしら。今でも行けるでしょうに」
ーふん。あんな顔されて行けるか。そのくせ、“独りぼっち”は、自分が死んだら、私に好きにどこにでも行けというー
トールの言葉に、掃除をしていたアリエルの手が止まった。
「死んだらって」
ー人間のほうが竜より短命だ。それに、竜騎士団の団長は、基本的に短命だ。戦で先陣に立ち、真っ先に狙われるからな。おまけに“独りぼっち”は、王都にいたら、国王の剣と盾だ。その身に代えても、国王を守るのが使命だー
ー私の知る限り、三十歳前後で団長になって、五十歳前には、たいてい死ぬか、大怪我をして竜騎士を辞する。ゲオルグも、大怪我をして引退したー
ヴィントは人の事情に詳しい。野生ではなく、人が、飼育、繁殖をしている竜だけに、周囲の竜から聞くことが多いのだろう。
「団長様は」
ー二十歳前に団長になったな。異例の速さだ。今、二十歳過ぎだ。他の人間と比べても強いが、その分相手も狙ってくる。何度か、同国人のせいで、重症にもなっている。あれは長生きせんだろう。あれの仲間になったら、お前が辛いかもしれないなー
トールはアリエルを見た。
「団長様が、そんな、何かあったら」
アリエルの呼吸が苦しいような気がした。
ー“竜丁”どうした。泣くなー
アリエルの目に、涙が込み上げてきた。
―少なくとも今は、“独りぼっち”を狙ってくるものはいない。泣くなー
トールは安心させたいのだろう。だが、今はという言葉が、アリエルには、これから先はわからない、と聞こえた。




