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24)村長

  ルートヴィッヒは村長の家にいた。氷室はこの村の大きな収入源だ。今回崩れたもの以外にも、いくつかある。どれも、古い時代に作られたものだ。場合によっては、全ての氷室の点検が必要になる。今後の氷室の管理を話し合うため、代々氷室の管理を担ってきた村長は、年老いたその父とともにルートヴィッヒを出迎えた。


「今回の氷室の入り口が崩れた件だが、あなたの意見が聞きたい。長い風雪に耐えきれなくなって倒壊したものであれば、他も調べなければならない。管理していた村長であるあなたや、他の村人を責めるつもりはない。氷室は村にとって大切なものだ。今後も安全に使うために、今回の入り口の倒壊に関してあなたの意見を聞きたい」

ルートヴィッヒは静かに村長を見た。


「あの氷室はなぜ壊れたと思う。あなたの率直な意見をききたい」

村長は口を開いた。

「氷室は、入り口に、アーチ状に石が組まれています。要石を抜けば、一気に崩れます。村の氷室はみな同じ作りです。毎年、氷を出し切ったあと、氷室は掃除して、石も確認しております。確認した時点では、あの氷室が崩れるとは思っておりませんでした」

彼らが毎年確認していることは知っている。村長の言葉はルートヴィッヒの予想通りだった。


「誰かが、要石を抜く可能性はあるか」

村長の返事は首を振った。

「不可能ではありませんが、相当難しいでしょう。要石には相当な重さがかかっておりますから、そう簡単には抜けません。あの氷室は特に古く、上に土がかかり、もはや山と同化していました。今回、掘り出した際には、大きな岩もあったそうですね。大きな岩など氷室をつくる時には使いません。長い時間をかけて山の重みにつぶれたのかもしれません。ただ、今まで私が知る氷室の事故は、曾祖父が子供の時、地滑りで崩れたものがあるというだけです」

「地滑りはあったのか」

「小規模なものなら毎年あります。大規模なものは、最近はありません。大きなものは、だいたい数十年に一度、どこかで何かがあります。あの氷室のすぐ上で、小さな地滑りはありました。地滑りの直後に、周囲を確認したときは、氷室には異常はないように見えたのです」

「人の咎を問うつもりはない。長年の間に繰り返した地滑りや、山の重みによるものだという村長の意見を信じよう。ただ、氷室に人がいた時だと思うと、だれかを疑った方がいいのかと」


 ルートヴィッヒは溜息を吐いた。人の力でどうにもならないものも、竜を使うことも考えられる。だが、アリエルに害を為すことを竜に命じても、竜は決して実行しないだろう。

「領主様」


 村長は、村の男たちから、氷室に閉じ込められたのは、女で、若い領主ルートヴィッヒといい仲のはずなのに、貴族が邪魔をしていると聞いていた。

「私たちは、この村のものは、何があっても領主様の味方です。まわりの村も同じです。代々、国王陛下の剣と盾と呼ばれる竜騎士団長様を、領主様とお迎えしてきました。何もない村です。氷室の氷と、パンドゥーラ山脈にいる竜だけです。領主様は、村の生活をよくしてくださっています。どうか、領主様、この村にいらっしゃる時くらいは、煩わしいことなど、お忘れ下さい」


 ルートヴィッヒの表情が緩んだ。

「ありがとう。村長」

村長は、ルートヴィッヒが誰かを疑うと口にした時の辛そうな顔に、胸が痛んだ。


 代々、王都竜騎士団団長がこの北の辺境の地を治める。冬が厳しく、険しい山地に村が点在する、領地からの収入などほとんど期待できない貧しい土地だ。この地の誇りが、この国最強の竜騎士が領主であることだった。その代々の領主の中でも、ルートヴィッヒは若かった。村に関心のない領主も多かったが、この若い領主は違った。


「普段、王都に住む我々には、山のことは分からない。竜騎士相手では言いにくいことも多いだろうが、山の生活で必要なことは遠慮なく教えてほしい」


 左目の下に傷がある無表情な領主は、最初は本当に怖かったが、村の生活は少しずつ改善した。


 この村の唯一の現金収入源が氷室の氷であると知ると、それに協力を申し出てくれた。

「竜騎士は、飛ぶ理由があればいい。都合よく、部下に商家出身の者がいる。実家に良い顔をさせてやることも大切だろう」

そう言って、竜で氷を運んでくれた。


 足場の悪い場所の伐採には、訓練だと言って、自らが率先して竜騎士たちと、斧を振ってくれた。崩れた山道や橋の修繕などにも手を貸してくれた。


 市が立つころに、山道で隊商が盗賊に襲われると相談すると、自ら隊商に紛れ込み、襲ってきた盗賊たちを追い詰め、隠れ家も暴いて、一網打尽にしてくれた。


 近隣の村長たちとお礼の品を持って挨拶にいったとき、領主が、竜騎士という戦う人間だということを実感した。

「たまには、実戦訓練もないと、腕が鈍る」

無表情な領主が、わずかに獰猛に笑ったのだ。


「礼は必要ない。村の生活に必要だろう。持って帰るといい。盗賊には、国から懸賞金がかかっていた。知らなかったのか。こちらは少々装備品が壊れたから、修繕分はもらう。盗賊が貯めこんでいたものもあった。被害届があった隊商と、村で分けるようにしたいがよいか。どちらも、今までさんざん迷惑をこうむっていただろうからな。奴らからの迷惑料だと思って受け取れば良い。取り分に、意見がある場合は、砦まで申し出るように。他にも盗賊はいるだろうから、そいつらを退治したときにでも埋め合わせをしよう」


 自ら盗賊狩りをする領主がいる土地には、盗賊は現れなくなった。


 いい領主だ。村の男ならばとうに結婚して、子供がいる年齢だ。いい仲の女がいても不思議ではない。今までいなかったほうがおかしい。この辺境の北の領主として砦にいるときくらい、どこかの偉い貴族のことなど忘れてほしかった。


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