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5)村を去る

 探していた男だった。ルートヴィッヒは寝台に横たわる冷たい骸の顔を見た。


 ヴォルフが、ルートヴィッヒのところを去ったのは子供の時だ。それ以来だから、いくらか変わってしまっていた。それでも懐かしい人であることに間違いはない。養い子が首から下げていた印環、剣の柄の装飾、棚の奥に隠してあったハンカチと手紙は、間違いなくたった一人の人物を指していた。


 竜騎士の、できるだけ立場が上の人と、養い子は言った。毎年この時期、ヴォルフは空を見ていたらしい。村の上空を飛び去る竜騎士を見るためだという養い子の言葉が本当なら、ルートヴィッヒを探してくれていたのだろうか。


 ヴォルフは、ルートヴィッヒが竜騎士になったこと、ルートヴィッヒ・ラインハルトと名乗り、王都竜騎士団団長となったことを知っていたのだろうか。尋ねようにも、冷たい骸が答えるわけがない。


 人目につかないこの小さな小屋に、養い子と一緒に隠れていればよかったのに、ヴォルフは、養い子と村人を守るために、盗賊と戦うことを選んだ。そういう男だった。


 ヴォルフは、ルートヴィッヒが幼い頃から仕えてくれた護衛騎士だった。刺客に襲われたルートヴィッヒをかばい、左腕に大怪我を負った。腕は失わずに済んだが、元通りにならなかったという噂だった。騎士としての致命傷を負った彼は、実家で静養しているときいていた。消息が気になり、手紙を書いた。返事はなかった。届いているかもわからなかった。一度だけあった返事は、彼の母親という女性からもので、家を一人で出ていき、消息不明だと書かれていた。


 こんな土地で、村人たちが祭る豊穣の女神を祭る神殿の司祭をしているなど想像しなかった。

「あなたの養い子のことは、どうかご安心ください」

気を遣ったのだろう。外に出て行った娘を探すため、ルートヴィッヒは小屋を出た。


 信じられない光景があった。トールが、娘を慰めるように顔を寄せていた。そのすぐ横に、ヴィントに乗ったハインリッヒがいた。ヴィントも娘をなぐさめるように顔を寄せていた。

「珍しい」


 野性だったトールと、人に甘やかされて育ったヴィントは扱いやすい竜ではないのだ。ハインリッヒが戸惑っているのも無理はない。


「娘、養父を亡くしたお前はこれからどうする」

娘はこちらを振り返りはしたが、うつむいたままだった。行く当てなどないのだろう。


「私の騎竜であるトールにここまで近づくことができる人間は稀だ。となりのヴィントもそうだ。お前が嫌でなければ、竜丁として私の下で働くか」

返事は思いがけないところから飛んできた。


「反対です。女に務まる仕事ではありません」

ハインリッヒだった。無理もない。竜丁は力仕事だ。時に暴れる竜を、手綱を掴み、おとなしくさせることも仕事だ。吹っ飛ばされて、大怪我をすることもある。


「ゲオルグも若くはない。それに、この娘なら、トールとヴィントの両方に近づける。というより近づいてくるな」

そういう二人の前で、トールとヴィントが娘に顔を寄せていた。大きさは違うが、まるで人に甘える大きな犬のようだ。二頭が暴れないならば、別に竜を無理やりおとなしくさせる必要もない。竜が暴れなければ、女でもできるだろう。


「いいのですか」

娘がこちらを見ていた。

「行く当てがないのだろう」

「はい」

「君の養父には昔、世話になった。君は彼の養い子だ。礼を言うこともできなかった彼への詫びだ。それに、養い子をと、彼に頼まれた。」


 トールが翼を広げた。

「トールはお前を連れて、さっさと帰ろうと言っているようだな。決まりだ」

「しかし」

ハインリッヒの言葉にヴィントが小さく吼えた。

「ヴィントは、お前の小言に文句があるようだぞ」

「しかし、団長」

ハインリッヒがなおもいうが、ルートヴィッヒは無視した。ヴォルフの養い子を、この山村に一人残せばどうなるかなど、目に見えている。連れて帰ることは、ルートヴィッヒの中では決定事項だった。


「小屋に戻ってお前の荷物をまとめよう。あと、彼の遺品も預かりたい。彼の家族に届けてやりたい」

「はい」

ルートヴィッヒには、ヴォルフの家族が受け取ってくれるかは、そもそも会ってくれるかはわからなかった。


 ヴォルフと娘は質素な生活をしていた。彼が彼であったことを示すものは印環と剣だけだった。司祭としての服や祭具は、小屋に残すことにした。次の司祭が使うだろう。娘の持ってきた荷物も、本当に少しだけだった。


 部下が掘った穴に、かつて護衛騎士だった、かつて司祭だったヴォルフを葬った。神殿の近くの小さな墓地だった。代々の司祭たちが眠る場所だと娘は言った。


「育ててくれたお礼もまだ、言っていませんでした」

トールの背に乗せてやった小さな身体から、小さな声がした。

「大丈夫。きっとわかってくれている。そういう男だった」

ルートヴィッヒは、半ば自分にそう言い聞かせた。

「はい」

娘は答えた。


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