22)氷室
氷室を開ける日が来た。夏でも雪が残る高地にある池の隣が氷室だった。凍った池の水を冬の間に切って、洞窟を利用した氷室に並べて保管する。
解けずに残っていた氷を竜の背に縛り付け、竜騎士たちは各地へ飛んでいった。一回目の氷を運び出した後の氷室にも、氷が残り、冷たい空気が漂っていた。
それを見たアリエルが目を輝かせた。なにやら小さな鉢にいろいろ沢山用意し、どうしても氷室の隅に置かせてほしいとねだってきた。
「美味しいものになると思います」
アリエルの言葉を聞いた部下も協力を申し出たため、ルートヴィッヒは、村人に掛け合って、置き場所を確保した。
数日後、アリエルは「美味しいもの」の様子を見るために、氷室に出かけた。フレアの嫁のフローラが、アリエルを乗せる練習も兼ねて飛び、竜騎士が一人ついていった。山に一人で行ってはいけない、氷室に一人で入ってはいけない。そんな村の伝統を、ルートヴィッヒ達竜騎士もアリエルも大切にした。
村の伝統が役に立った。
「氷室が崩れました!竜丁が中です」
慌てて帰ってきた竜騎士の言葉に、ルートヴィッヒは顔色を変えた。先代あるいは先々代の領主か、それ以前から使ってきた氷室が崩れたことなどなかった。
氷室が崩れたと聞いた村人たちが、農具をもって砦に駆け付け、受け取った竜騎士たちは飛んだ。高地に農具をかついで登るものもいた。先に着いた竜騎士達と、村人たちが入り口を塞いでいた岩や土を必死で取り除くと、洞窟の片隅に、アリエルが膝を抱えて座っていた。
「団長様!」
「竜丁、怪我はないか」
多くの村人は、彼らの敬愛する氷の竜侯が、彼の竜丁アリエルを気遣う様子に、顔を見合わせ、肘で突きあった。
「奥にいた時、入り口が崩れたので大丈夫です」
「こんな、薄着で寒かったろう。冷えたな。帰るぞ」
ルートヴィッヒは、震えるアリエルを、用意してあった毛布でくるむと抱き上げた。
「あの、あれを」
「なんだ」
震える手でアリエルが指さした先には、小さな鉢が並んでいた。
「多分、美味しいと思います」
「お前、こういう時に、何を考えている」
「沢山の方にお世話になったようなので、せっかくですから味見もかねて、皆さんでどうでしょうか」
ルートヴィッヒは溜息を吐いた。救出を手伝った村人や竜騎士を気遣うのはいい。唇まで真っ青で震えながら言うこととは思えない。
「お前が氷のように冷たいときに、何を考えている」
「でも」
腕の中、唇まで真っ青になったアリエルが見上げてくる。
「リヒャルト、何人いる」
「二十五です。団長と竜丁も入れて、です」
「足ります」
「配ってやれ」
村人が用意してくれていた焚火の前にアリエルを座らせ、ルートヴィッヒは声を張り上げた。
「皆の者、世話になった。礼を言う。閉じ込められていた竜丁は無事だった。皆のおかげだ。この後、いったん氷室は閉じる。その前に、この竜丁が、世話になった礼ということで、氷室で作っていた何か知らんが多分美味しいものを、皆に振る舞いたいそうだ。礼だ、受け取ってくれ」
その言葉を合図に、竜騎士たちが、小さな鉢を村人たちに渡した。
「竜丁、鉢はいくつある」
「30です」
「砦にそんなに、鉢があったか?」
「倉庫にあった古いものも使ったので」
焚火にあたっていたアリエルの頬に少しずつ血色が戻ってきた。
「団長、これ団長と竜丁の分です」
竜騎士が差し出した鉢をアリエルは嬉しそうに受け取った。
「氷のように冷えていたお前が、腹に氷を入れてどうする!」
ルートヴィッヒは思わず怒鳴って、アリエルから鉢を取り上げた。鉢を突き返された竜騎士は慌てて氷室に戻しにいった。
「すみません」
どっとあがった村の男たちの笑い声に、アリエルの小さな声はかき消されてしまった。
「まぁまぁ、竜侯様。落ち着いて。確かにこれは旨いよ」
「ちょっとだけならいいじゃないか。そんなに怒りなさんな」
アリエルはおずおずと見上げた。
「あの、ちょっとだけ。それと、団長様もちゃんと召し上がってください」
アリエルに言われて、ルートヴィッヒは鉢に口をつけた。甘く冷たい味がした。
「確かに、美味しいな」
「よかったです」
微笑んだアリエルに、ルートヴィッヒは鉢を差し出した。
「少しだ。また冷えたら困る」
「はい」
アリエルは少し口をつけた。
「よかった。ちゃんと美味しい」
その鉢をまたルートヴィッヒに返した。
「もういいのか」
「はい。味もわかりましたし。まだ寒いので冷たいのはいいです」
「そうか」
ルートヴィッヒは残っていた甘い氷を一息に口に入れた。キンと頭に痛みが走る。
「さすがに冷たいな」
軽く顔をしかめたルートヴィッヒを見て、アリエルはくすくすと笑った。
「帰るぞ」
少し血色の戻ったアリエルに、ルートヴィッヒは安心した。
「リヒャルト、鉢は集めて砦まで持って帰ってこい。竜騎士は残って、氷室を応急で閉じるのを手伝っていろ。私は一度、竜丁を砦に連れて行ってから戻ってくる」
「はい」
「戻る。砦の留守番はハインリッヒだ。待たせるとうるさい」
ルートヴィッヒはアリエルを抱き上げた。
「あ、留守番の竜騎士様達の分」
「氷室はまた開ける。その時でいいだろう」
「でも、そうなると数が」
「お前は、自分の調子が悪いときにまで、他人のことを考えるのをやめろ。氷室に氷がある間は、何度か開ける。問題は、今回なぜ崩れたかと、来年どうするかだ」
アリエルを抱いたまま、ルートヴィッヒは山道を下り、トールに向かって歩いていった。




