21)領地の人々
砦には使用人たちがいた。近隣の村人たちが、交代で来ているという。
「ここは寒すぎるから、他の地方の人間じゃぁ、冬は越せないよ。夏は他より涼しいらしいから、いいんだろうけどさ」
そう言って笑う女たちと一緒にアリエルは厨房にいた。
「どのくらい寒いのですか」
「寒いなんてもんじゃないさ。痛いよ。お嬢さん、外に出してあるものはみんな凍るよ。特に吹雪の日なんかね。湖で水鳥が氷漬けになって死ぬくらいさ」
「それはすごそうですね」
「まぁ、竜騎士様たちは、それまでに王都に帰るだろうけど。お嬢さん、吹雪の日は外に出ちゃいけないよ。雪に埋もれて氷漬けになって死ぬだけだ。春まで見つからないからね」
「雪の前でも、寒い日は危ないね。石畳の上なんかじゃ凍っちまう。慣れてないと滑って歩けないだろうね。お嬢さん、慣れないだろうから、夕方以降は外に出ちゃだめだよ。今時期も、夜は冷える」
皆、初めて砦に来たアリエルを心配してくれた。
「あんな、男所帯の面倒みるなんて、お嬢さんも大変だねぇ」
王都から連れてきた侍女と思われているようだった。竜丁であるとはいえず、アリエルはあいまいにほほ笑んだ。
「ここは寒いからね、氷室もあるよ。町に氷を売る。竜騎士様たちが、遠くまで運んで行って下さるから、特に良い値段で売れる。感謝しているよ。そんなことに竜騎士が飛ぶのを許してくれるのは、今の団長様だけだからね」
竜騎士たちは飛ぶのが好きだ。氷の商売を手伝って、竜に乗って飛べるのだから、竜騎士達も面倒とは思わないだろう。
領地には領地の仕事がある。領主であるルートヴィッヒが夏のわずかな間しか領地にいないため、仕事が山積していた。
「頭が痛い、目も痛い、吐きそうだ」
ルートヴィッヒの愚痴を聞くのはアリエルだけだ。領主としての仕事は、領地を預かる執事の家が代々やってくれていて慣れたものだが、最終的な決定は領主が担う。数代前に、執事が不正を働いたこともあり、執事に任せきりに出来なくなった。会ったこともないが、仕事を増やしてくれた当時の執事に、ルートヴィッヒは文句を言いたかった。
「王都でも領地でも、書類だらけで大変ですね」
アリエルが淹れてくれた茶を飲み、一息ついた。王都では手伝いはアリエルだけだ。領地では、執事とその妻が手伝ってくれる。
「王都でも書記官が欲しいな」
「その分、書類が増えると思います」
「だろうな」
ベルンハルトの性格を考えると、その通りとしか言いようがなかった。
「村の人たちに、砦の外の市場に誘われています。行ってもいいですか」
王都でも、一度しか外出していないアリエルの意外な言葉だった。
「お前が行きたいならば、行ってもいいが。どうした」
「厨房の女の人たちが、明日、食材の買い出しにいくから、一緒に行こうって言ってくれました」
アリエルの表情は、無理をしているようにも見えなかった。王都から離れたこの村で、領主のつれてきたアリエルの命を狙うものがいるとは思えない。
「お前が行きたいのならば、良い。竜騎士を誰か連れていけ。荷物持ちになる」
「じゃぁ、明日行ってきます」
翌日の夕食は、村の市場で買ったという、少し見慣れない芋が入っていた。少し甘いその芋は、すぐに食べつくされてしまった。村ならではというチーズも好評だった。アリエルは楽しそうに、村の市場に、女たちと一緒に買い出しに出かけては、近くの村や山で採れるものを食事に出してくれた。
「ちょっと持って帰りたいですね。マリアにも食べてほしいですし」
アリエルの何気ない一言に、村の女たちは、土産を約束してくれた。
「来年も、あんたが来てくれたらいいよ。何せ、男ばっかりの面倒を見るのは大変だ。女手が一緒にきてくれるだけでいいのさ」
遠慮するアリエルに女たちは笑った。
彼女らの自慢の領主様である氷の竜侯が、時折、アリエルを見ていることくらい、女たちはすぐに気づいていた。




