20)竜と人
ルートヴィッヒはトールの檻の前にいた。鍵はかけていない。手綱も鞍もつけていない。いつでも出ていける状況だが、トールは砦にとどまっていた。
「お前の群れもいるのだろう。いかなくていいのか」
トールが擦り寄せてきた頭を撫でてやる。
「群れに会いに行ったらどうだ」
トールは、人に従わない暴れ竜として有名だった。山で捕らえられ、町へ連れてこられるまでの間に、多くの竜は人に従うようになる。王都について、王都の竜騎士団の檻にいれられても、人に従わなかった竜は、記録上トールだけだ。
アリエルは、竜は帰ってくるといった。実際に竜達は帰ってきている。それでも、ルートヴィッヒは、トールが帰ってくるか、不安だった。子供の時、刺客からかばってくれたのはトールだった。竜騎士になると決めたのも、トールに乗りたかったからだ。乗せてもらえるようになるまで、何度か吹っ飛ばされたが、それも懐かしい思い出だ。
「お前には家族がいるのだろう」
ルートヴィッヒにとっての家族は、二日違いの弟であるベルンハルトと、その息子のエドワルドだ。今までは、自由に会うこともできなかった。今はエドワルドが、ほぼ毎日おしかけてきている。
「顔くらい、見せてきたらどうだ」
そう言って、行かせてやらなければならないことは分かっている。だが、そう言いながら、ルートヴィッヒは、よくアリエルがするように、トールの頭を抱きしめていた。群れに会ったトールが、帰ってこないような気がして、自分から離れていくような気がして、恐ろしかった。
トールの愚痴は、アリエルが聞くことになる
ー私が離れたら死んでしまいそうな顔をして、行っていいと言われて行けるか。“独りぼっち”のくせに、さみしいから行くなと言いたいくせに、やせ我慢などして、生意気だ。素直に、さみしいから、行くなと言えんのか、あれはー
ーあなたの“独りぼっち”が素直になったら、別人だろうー
ヴィントの言葉に、竜達が賛同した。
ーあなたの場合、群れに会ったら、群れが、長のあなたを帰さないのではー
ー群れには、あれ一人分の寿命ぐらい、待てと言ってあるー
トールは尾を振った。
ー群れが、ついてきたりして。アリエル、どうする。竜舎が三倍か、もっといるぞー
嫁を連れてきたフレアならではの意見だろう。フレアが連れてきた竜の名前は、リヒャルトがいろいろと考え、全部フレアに却下されていた。フレア曰く、彼のかわいらしく素晴らしい妻を表現する名前でなく、リヒャルトは感性に乏しすぎるらしい。竜が互いに呼ぶ名は、人には聞こえないし発音もできない。便宜上、人が呼ぶ名前くらい妥協してやったらと思うが、フレアは頑固に、リヒャルトが提案する名前を、尾を床に叩きつけて却下していた。
「そんなにたくさんの竜の食事を用意するお金はないわ。それに軍事的な均衡が崩れたら、大変よ。竜騎士の養成までの間に、今のうちにとかで、攻め込まれたらどうするのよ」
ーアリエル、お前は面白くないなぁー
現実的なアリエルの言葉に、フレアがぼやいた。
ー“独りぼっち”は、最近元気がなさすぎる。うまい飯でもつくってやれー
トールの言葉にアリエルは溜息を吐いた。
「最近、人間の問題を、食欲で全部解決しようとしているでしょう」
ーある程度、解決しているだろう。あの魚で、“一人ぼっち”と“頑固者”は、言い争いをやめたぞー
「そうね、それは感謝しているわ。あの時、険悪だったもの。この国の国王の剣と盾である王都竜騎士団の幹部二人が、部下の前で言い争いをするなんて問題だわ」
アリエルの言葉に、竜達も頷いた。