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18)北の領地へ

「そろそろ領地へ行く。支度にかかっておけ」

木々の緑が濃くなり、夏が近くなってきたころ、ルートヴィッヒが宣言した。


「北の領地ですか」

「あぁ。王都竜騎士団団長が、歴代の領主となる。竜が住むパンドゥーラ山脈を抱えているからな。夏はここより涼しくて過ごしやすい。冬は、慣れないものは凍え死にする寒さだ」

ルートヴィッヒが執務室の地図を指すと、アリエルは頷いた。

「何日くらいかかります」

「風次第だな」


 出発は十日後になった。主にはルートヴィッヒの執務の都合だ。


 今回の移動のために用意させた二人乗りの鞍の前にアリエルは座り、後ろのルートヴィッヒにもたれて眠っていた。出発前の数日、兵舎の片付け、移動前の準備、直前になだれ込んできた書類仕事などで、本当に忙しかった。アリエルに負担をかけるとマリアが怒るから、寝る時間だけは確保させていた。やはり疲れたのだろう。移動中寝て良いというと、すぐに眠ってしまった。落ちないように、ルートヴィッヒはそっと左腕で、アリエルを抱くようにして支えた。


「団長、甘やかすにもほどほどになさってはいかがですか」

休憩のため、水場に降り立つなり、ハインリッヒがルートヴィッヒに詰め寄ってきた。


「すみません」

先ほどまで眠っていたアリエルが委縮してしまう。

「ハインリッヒ、文句があるなら、竜丁がくれた兵糧は食うな。誰が用意したと思っている、馬鹿野郎」

リヒャルトのほうが、ルートヴィッヒより早かった。勝手にハインリッヒの荷物を開け、アリエルの配った試作品の兵糧を奪ってしまった。


 例年通り配給された兵糧もある。だが、アリエルが作ってくれたもののほうが、段違いに美味しかった。配給品よりも、多分日持ちはしないから行きで食べろと言って全員に配ってくれたのだ。


「文句がある誰かの分は、竜丁の仕事に大変感謝している、俺が頂く」

「あ、リヒャルト副団長、ずるい」

「俺も感謝してます! 竜丁ありがとう。だから、俺にも分けてください!」

リヒャルトを囲んで、竜騎士達が騒ぐ。


 その周辺を、繋がれていない竜達は、自由に歩いていた。水辺にいき、水を飲むもの、気に入った場所でくつろぐもの。アリエルがくるまでにはなかった光景だ。


 竜は降りたら、必ずどこかへ繋ぐものだった。アリエルが、繋がなくても逃げ出さないというから、今のようになった。そのほうが竜達も気分が良いらしい。長距離を飛んだあとの今も、機嫌よさそうだ。竜が飛ぶ気になれば、予定よりも早く到着できそうだった。


 アリエルは、何頭かの竜の鞍を外してやった。鞍を外された竜達は、水浴びを始めていた。魚を採って丸のみにしている竜もいた。


「お前が何に腹を立てているのか知らん。竜丁がいるほうが、竜騎士も竜も元気だとは思わないか」

ルートヴィッヒの言葉に、ハインリッヒは唇をかんだ。ハインリッヒもそんなことは分かっていた。問題はそんなことではないのだ。己のことしか考えていないあの貴人に、そんなことを言っても通用しないのだ。


「あなたは、ご自身の立場をお忘れですか」

「忘れたつもりはない。竜丁は竜丁だ。できる仕事を手伝わせているだけだ」

「執務室に置くことがですか」

「執務室にあれが、座っているだけとでも思うのか。少なくとも、見習い書記官より、よほど役に立つぞ」

「役に立つかどうかの問題ではないのです。他人がどう思うか、あなたはわからないのですか」


 ハインリッヒの言葉に、ルートヴィッヒは眉をひそめた。

「あれのできる仕事をさせることに、なんの問題がある」

「そう思わない人間がいるのです」

竜騎士は実力主義だ。能力があるものを、その能力に応じて使うだけだ。ルートヴィッヒも、そうやって人を使う。今の竜丁が、異例の女であることはそのいい例だろう。


 生真面目なルートヴィッヒは、執務室に女を連れこみ、昼間から、ことに及ぶなど、考えもつかない。だが、そういうことしか考えつかない人間もいるのだ。そういう考えの人間がいることすらわからないルートヴィッヒに、どうやって問題をわからせたらいいのか、ハインリッヒには思いつかなかった。


「竜丁と同程度に仕事ができて、気が利いて、秘密を守れる書記官が二、三人いたら、竜丁に手伝わせる必要もなくなる」

「すべてを満たす書記官など、そうそういるものでもないでしょうに」

「いるにはいるが、国王陛下が手放さないだろう。竜丁は、やってくれている。竜丁でなく、書記官の質の問題だろう。私や竜丁に文句を言うな」

「あなたが、何をしているかでなく、他人がどう思うかが問題なのです」


ハインリッヒの頑なな態度に、ルートヴィッヒも苛立ってきた。

「他人の思うことなど、変えられるものでもないだろう」

「ですから、お立場を忘れていただいては困るのです」

ハインリッヒは最初と同じ言葉を繰り返すしかなかった。妙なことにだけ頭の回る今の主に口止めされてしまっているから、これ以上言えないのだ。


「これ以上、口止めされているので申し上げられません。ですが、あなたは、巻き込みたくないはずだ」

「何」


 ルートヴィッヒの表情が変わった。これほどわかりやすい人だったろうかとハインリッヒは驚いた。

「これ以上、申し上げられません」

ハインリッヒは一方的に会話を切った。


「団長、フレア達が、俺たちの分まで、魚を採ってくれたみたいです。食べませんか」

二人の険悪な雰囲気を無視した、リヒャルトの声がした。竜騎士達は、すでに火を起こして、湯を沸かしていた。


 竜達が採った魚は、アリエルが手早くさばき、焼いてくれた。骨と頭でつくったという汁まで、すべて平らげてしまった。


「あー、俺、移動中にこんな飯くえると思ってなかった。幸せ」

「俺も。この飯があるから頑張れる」

竜騎士達が、わざわざハインリッヒに聞こえるように言っているのは、彼らなりの意図があるのだろう。


「魚を採ってくれたフレア達に、ちゃんとお礼を言っておいてくださいね。わざわざ私たち、人間の分まで採ってくれたのですから」

今一つ、その意図の通じていないアリエルは、竜の掘った穴に魚の骨を埋めていた。


「フレアー、ありがとー」

「竜丁、うまかったー」

「また食いたいー」

「お前達、食べ終わったばかりだろうが」

ルートヴィッヒも、その食欲にはあきれた。


「私は、お前がいい仕事をしてくれていると思っている」

トールに乗り、アリエルを抱いて飛びながら、ルートヴィッヒは言った。

「ありがとうございます」

アリエルが微笑んでくれるが、こちらの感謝がどのくらい伝わっているのかわからない。

「少なくとも、王都から領地への移動を、喜ぶ人も竜もいなかったからな。お前が来る前は」


 自発的に薪になりそうな木を集め、火をおこすなどなかった。兵糧をかじって水を飲む。移動中の食事などそれだけだ。用意も後片付けも面倒だから、必要最低限で済ませていた。


 食欲につられただけだと言えばそれまでだ。だが、今までは、積極性などなかった。

「ハインリッヒは、最近何を考えているのかわからん。気をつけろ。あの男の忠誠は、私にはない。竜騎士としての腕と、私に不利な行動はしないということは信頼している。だが、ハインリッヒは、私が国王にとって代わる気がないかの見張りだ」


 ルートヴィッヒには、王位を望む気持ちなど一切ない。

「団長様が、竜にも乗れず、鍛錬する時間もなく、書類仕事ばかりの毎日を望まれることなどないでしょうに」

アリエルの言うとおりだ。

「全くだ。今でも十分面倒だ。あいつがどこに目をつけているのか、さっぱりわからん。今度、書類仕事を手伝わせるか」

くすくすとアリエルが笑った。



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