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16)兄と弟2

 人払いした部屋にいるのは、ベルンハルトとルートヴィッヒの二人だけだ。ベルンハルトは、ルートヴィッヒを、子供の頃の愛称で呼んだ。


 一時期、ルートヴィッヒは刺客に追われる生活に辟易して、城下町に逃げ出し、町で用心棒めいた仕事をして生活していたことがある。おかげで、正規の剣を教わっていただけでは身につかない、戦い方を知ることができた。わずか数日で弟になってしまった第一王子の統治を、竜騎士となり剣で支えようと思ったのも、町での経験が大きかった。


「今も今後もお断りいたします」

「この国を治める者が、城の中しか知らないというのは問題だろう」

かつて、そう言って、ベルンハルトを城外に連れ出したのはルートヴィッヒだ。


「他にも、頼める方くらい、いくらでもおられるでしょうに」

ルートヴィッヒはベルンハルトが蒸し返した過去の己の発言を無視した。

「私が思うようなものは見せないだろうね」

「幼いあの方をお連れできるような場所は限られます」

「まずはそれでいい。次にいくときも、息子が懐いている竜丁もつれていってやってくれ。主に、竜丁と出かけたいらしいから」

「なんですか、それは」


 竜に懐かれる竜丁として、アリエルは知られている。その事実があれば、竜の性質を知る人間は、彼女に危害を加えることはない。町ではそうはいかない。旅芸人だったらしい母親は、容姿に優れていたのだろう。アリエルの容姿は目立つ。つややかな黒い髪の毛に、華やかな顔立ちをしているのだ。警護せねばならない第一王子だけでなく、自分の身を守れない目立つ娘を連れて行けなど、無理難題だ。どちらかだけにしてほしい。


「息子を、諭してくれるのは竜丁だけらしいな」

ベルンハルトは微笑んだ。

「私は、息子にかまってやろうにも時間がない。王妃は、己の器に見合わない役割から逃げ回っているだけだ。息子である王子を、国王として育てようとする気がない」

「だからといって、私の竜丁になぜ、それを期待されるのですか」

「実際にやってくれているのだから、仕方あるまい」

それはベルンハルトの言う通りだった。


 アリエルは、好奇心が強い。学ぶことに熱心だ。周囲の人間を巻き込むのもうまい。


 最初は執務室で、アリエルに検算を任せたことから始まった。今や、アリエルのみならずエドワルドも、彼が見て問題ない範囲の書類仕事を手伝ってくれている。最近は王領の書類が回されてくるため、それに関して教えてやっていることの方が多い。


 王都竜騎士団の兵舎には、代々の竜騎士が、空から見た地形を描いた古い地図が何枚もある。アリエルは、地政学の教師にその地図を見ることを許可する対価として、兵舎で地政学の講義をすることを提案した。最初は渋った地政学の教師も、アリエルが見せた地図の一部に、その要求を呑んだ。彼は、古い地図を使って、兵舎でエドワルドとアリエルに講義をするようになった。地図の変遷はそのまま、この国の国土の広さ、つまりは戦争の勝敗の結果だ。彼の講義は面白く、最近は竜騎士達も生徒となっていた。


 アリエルは最初から、竜騎士たちに地政学を学ばせたかったのだと教えてくれた。この国と周辺国が過去、どういう理由で戦ったかは、次にこの国がどういう理由でどこと戦うかの参考になると、アリエルは言った。


 アリエルは、測量技術を用いて正確な地図を描くことを提案してきている。正確な農地の広さを把握しないと、自国の食料生産能力の把握ができない。そもそも、正確な収穫量の予測が立たず、地形がわからないのに、どうやって国家を運営する計画を立てるのだと、アリエルに不思議がられた。


 護衛騎士達から、エドワルドがあまり剣の稽古に熱心でないと相談された。数日後にアリエルが考え付いた方法は、あまりに突拍子もなく呆れた。お前は自分が女だということを忘れているのかと、思わず言ってしまったが、アリエルは笑顔で、その発言を使わせてくれといってきた。今や、竜騎士達や護衛騎士達が交代で、エドワルドの剣の稽古の相手になってやっている。


 アリエルが来てから、変わったことは多い。一番竜騎士たちが気づいていて喜んでいるのは食事だが、それ以外にも変化は多い。当然、変化を好まない人物もいる。

「殿下が、竜丁と親しくしていることを、王妃様は快くは思っておられないのではありませんか」

ルートヴィッヒは、護衛騎士からすでに聞いていることを口にした。


「そうだな」

「竜丁になにかあっては、私の竜を含め、気性の荒い竜達の面倒を見るものがいなくなるのですが。それに竜が、我々を乗せなくなる可能性もあります」


 竜は命令して乗るものではない。人を乗せるかどうか、決めるのは竜だ。竜達は、アリエルを気に入っている。お気に入りの竜丁を危険な目に遭わせた人間と同じ種族であるということ、あるいは守れなかったということで、竜達の逆鱗に触れる可能性もある。


 竜は誇り高い生き物だ。竜には竜の規範がある。竜騎士同士の一騎打ちで、卑怯な手で己の竜騎士を殺された竜が、激怒し、相手の竜騎士と竜を殺してしまうことも珍しくない。


 竜の特性を、王妃が理解しているとは思えなかった。

「それはつまり、これ以上、エドワルドに、竜丁と関わるなということか」

「そうではありません」

ルートヴィッヒの進言で、エドワルドが来なくなったとなれば、アリエルが怒るに決まっている。


「王妃様が、無茶をなさらないように、抑えていただきたいのです」

「あの女よりも、その後ろの侯爵家だろうが」

王妃をあの女とベルンハルトが呼んだことに、ルートヴィッヒは眉を顰めた。

「竜丁ごときに、あるいは、竜丁であるからこそ、侯爵家は動くとは思えません。事実、今の立場となってから、刺客が私を狙ってくることもなくなりました」

「国王の剣と盾か。お前を害するものは、私への反逆だからな」

「はい」

「一応は王妃であるあの女も理解しているはずだが」

「そこが問題だと聞き及んでおります」

「愚かな、あの女、愚かにも程がある」

「陛下」

「ゾフィー姫には遠く及ばぬ」


 王妃候補の中で、最も王妃に近かった才媛の名をベルンハルトは口にした。才色兼備を絵に描いたようなゾフィー姫が、病で亡くなって久しい。かつて三人で、国政をどう担うかと話をしたこともあった。ベルンハルトが最初に婚約し、愛した女性だ。


 ゾフィー姫がなくなったとき、ベルンハルトは悲嘆にくれた。二人目の婚約者が、今の王妃だ。せめて他の王妃候補から選べばよかったものを、ベルンハルトが悲嘆に暮れている間に、母である王妃が自らにとって操りやすい人物を勝手に決めてしまった。


「かの姫が、亡くなられたことは、本当に惜しまれます」

本当に病死なのかと疑う声は当時からあった。ただ、病死ではないことを示す品がどうしても見つからなかった。


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