11)アリエルの槍
しばらくして、ルートヴィッヒがアリエルを呼びに来た。歩けると言うアリエルを抱き上げたルートヴィッヒに、エドワルドもついていった。
椅子にアリエルを座らせ、団長二人と、鍛冶屋の頭領は、見本の槍を手に話し合っていた。
「あまり腕力がない」
「この背丈で使うから、長くなっても困る」
「突いたり、薙ぐように切ったり、両方するのだが」
アリエルは落ち着かない様子で周りを見ていた。槍と刀剣専門の鍛冶屋だ。人を殺傷するための武器が、並び輝きを放っていた。
「怖いか」
そんなアリエルを、ルートヴィッヒは気遣った。
「少し、落ち着きません」
ルートヴィッヒがアリエルの頭を撫でた。
「頭領が、お前の使い方を見たいらしい。動けるか。ゆっくりでいい」
「はい」
ルートヴイッヒに渡された杖をアリエルはゆっくりと振り、いくつかの型を見せた。
「ほぉほぉ。しかし、これは、柄の長さを最大限に使ってなかなかに興味深い。そうですな。杖ならば両端を使えますな。槍で両端に刃をつけてもよいですが、それでは、竜に乗った場合などには、扱いにくいですぞ」
頭領の意見に、男たちはまた何やら熱心に話し合い始めた。
「竜丁、お前、槍を振ったことは、あ、あったな。すまない」
しまったという顔をしたルートヴィッヒにアリエルは首を振った。
「いいえ」
「あるのか」
エドワルドの言葉にアリエルは微笑んだ。
「村が盗賊に襲われたのです。その時に槍を使いました。村の者だけでは、盗賊相手に勝ち目などありません。追い込まれそうになったときに、団長様達がいらして、助けてくださったのです」
その事件をアルノルトは知っていたし、記録も見ていた。
「では、一度試しにこれを使ってみてください」
頭領の指示で、弟子が、比較的短い一本の槍を持ってきた。
「待て、刃のついた槍など、室内でこいつに持たせるな。意外と使える、危ない」
ルートヴィッヒが慌てて止めた。
「ご心配なく、あちらに専用の場所がございます」
訓練場でアリエルはいくつもの槍を試しに使わされた。的となるものまで用意され、実際に突いたり、切ったりも披露させられた。手に巻いていた包帯が緩んでしまったが、ルートヴィッヒが巻きなおしてくれた。
「お手にお怪我を」
頭領もアリエルの手の怪我を見て、心配そうな顔になった。
「あぁ、軽く手合わせするだけのつもりだったのだが。怪我をさせたのを竜達に見られた。詫びの品を送るからと言い訳したが、小突かれた。私の竜は南方竜騎士団の竜なのに、王都竜騎士団の竜丁に甘い。南に無事に帰るためには、贈り物でもしないと、許して貰えそうにない。絶対に貴殿のトールが、うちの竜達に何か言ったぞ。全員、竜に尻尾で叩かれた。竜丁殿、ちゃんと竜達に言っておいてくれ。尻尾はしなるからまぁまぁ痛い。団長のせいだと、部下に言われる私もつらい」
「まぁ、そんなことがあったのですか。心得ました」
アルノルトの言葉に、アリエルは微笑んだ。
先ほどまでアリエルが休んでいた部屋に移動し、茶が用意され、商談が始まった。
アリエルにはわからない武器に関する用語が飛び交った。最終的に、諸刃の比較的細い刃を両端につけたものと、刃は片方にして、もう一方にはバランスと打撃用に金属を被せる槍が選考に残った。
「どちらになさいますか」
頭領の言葉に、団長達は即決した。
「両方だな」
「両方だ。あと、練習用に刃をつぶしたものも用意してくれ。刃がついたものを振り回されてはかなわない」
「承知しました」
「団長様、あ、どちらも団長様でした。あの二本なんて、私、その、あ、練習用をいれたら三本ですか」
今更のことに気づいて慌てるアリエルに、アルノルトは笑い出した。ルートヴィッヒも口元を手で覆って笑いをこらえている。
「竜丁殿、気にするな。私が何本槍を持っていると思っている」
「遠慮はいらん。トールだけでなく、南方の竜達にも、ちゃんと我々がお詫びの品を贈ったと言っておいてくれたらそれでいい。アルノルト殿が、無事に帰るために必要だ」
それまで黙っていたエドワルドは口を開いた。
「ラインハルト侯、私は竜丁が、槍を扱うなど知らなかったぞ」
「扱えるというほどではありません。振り回せるだけです」
アリエルは大真面目だ。
「だから、それは聞いていない」
「言う機会がございませんでしたし」
エドワルドは除け者にされた気分だった。
「ラインハルト侯は知っていたのだろう。どうして教えてくれなかった」
「申し上げる機会がございませんでした」
エドワルドは、ルートヴィッヒを睨んでみたが、ルートヴィッヒの表情は動かなかった。
「殿下、私はラインハルト侯とは長い付き合いですが、候は基本的に、言葉が足りません。人に話すより竜に話しかけるほうが多いような男です。言葉が足らず、気が利かないのは昔からです。どうかご容赦を」
アルノルトの言葉をルートヴィッヒは特に否定もしなかった。
「人に話すより、竜にって」
アリエルの言葉にアルノルトは続けた。
「竜騎士見習いの時、私が教育係でした。返事をする以外、ほとんど口をききませんでした。そのくせ、竜丁と混じって、トールの世話をするときは、トールに話しかけていましたからね。可愛げのない見習いでした」
見習い時代のことを蒸し返したアルノルトを、ルートヴィッヒは軽く睨んだ。
「確かに、おしゃべりな団長様も想像できませんね」
「それもそうだ」
アリエルの言葉に、エドワルドも笑った。
「よいお仲間をお持ちですな」
「そうだろうか」
頭領の言葉にルートヴィッヒは呟いた。
ルートヴィッヒの膝枕で休みながらアリエルは馬車に乗り、防具屋へと向かった
「この手に合う、防具が欲しい。我々が怪我をしながら、手の皮が厚くなっていくのはいいが、これは女だ」
ルートヴィッヒはアリエルの手を、防具屋に見せた。
「ずいぶんと小さいお手でいらっしゃいますね。今あるものが、お手に合いますかどうか」
防具屋が出してきたものは、アリエルの手には大きく、皮にも厚みがあった。
「大きさも合わないが、これでは、皮がなじむ前に、手を痛めるのではないか」
「おっしゃる通りでございます。御手の大きさを測らせていただき、漉いた薄い皮で作らせていただけましたら、お嬢様の御手に合うものもできますかと」
「では、それで」
防具屋の頭領は、皮の見本を持ってきた。
「皮はどれになさいますか」
「これがきれいだな」
エドワルドは薄い茶色の皮を指した。
「さすがお目が高い。それは、貴族の女性の手袋を作るときによく使う皮です。王都竜騎士団の象徴である黒ですとこちらになります。漉き具合は調節できますので、お好きなお色味でお選びください」
「では、両方で、左右とも、きちんと合わせて作ってくれ」
ルートヴィッヒに、迷いはなかった。
「団長様!」
「使ってみないと分からないだろう。それに、お前は、また馬車に乗ってここに来たいのか」
馬車ときいて、慌ててアリエルは首を振った。
「竜丁、二双とも受け取っておけばよい。そもそも悪いのはラインハルト候とアルノルト殿の二人だ」
エドワルドの言葉に、男二人は苦笑した。




