10)鍛冶屋
鍛冶屋につくと、ルートヴィッヒはアリエルを抱き上げた。
「団長様!」
抱き上げられて、目を覚ましたアリエルは慌てた。
「動くな、落とすだろうが」
ルートヴィッヒはアリエルを抱いたまま降ろさない。アルノルトは、ルートヴィッヒを止める気にはなれなかった。アリエルが馬車酔いしている今ならば、竜騎士が竜丁の面倒みているだけだと、言い訳もできる。
アルノルトは、エドワルドに手を貸した。
「これは、アルノルト様。一年ぶりですな」
刀鍛冶の中でも、槍を得意とする頭領の店を、アルノルトは贔屓にしていた。
「そちらの方は、これはこれは」
ルートヴィッヒの顔をみた頭領が深々と頭を下げた。国王によく似た顔も、左目の下の傷も有名だ。
「王都竜騎士団、団長、ルートヴィッヒ様。わざわざこのような、郊外にある店までお越しいただき、ありがとうございます」
「アルノルト殿の紹介だ。世話になる」
最強の竜騎士である彼が来たとなれば、この店の評判も上がるだろう。
「馬車酔いした者がいる。休める場所はあるか」
「貴人のお客様と、商談するためのお部屋がございます。そこに長椅子がございますので、よろしければお使いになりますか」
「ああ、頼む。あと、何か飲むものも所望したい」
「あの、団長様」
「帰りも馬車だ。それまでに、休んで少しは体調を戻せ」
「恐れ入りますが、そちらの方は、女の方でしょうか」
アリエルの声で気づいたのだろう。頭領が問いかけた。
「刀鍛冶ならば、噂はきいたことがあるのではないか。私の騎竜トールが気に入った竜丁だ。こいつの前では、トールは犬のように甘えている」
「はぁ。お噂はお伺いしましたが、随分とお小さい」
頭領が戸惑うのも無理はない。手綱も使わずに竜を操る王都竜騎士団の新しい竜丁のことは、噂になっていた。竜丁は、屈強な男の仕事だ。女の竜丁と聞いて、小柄な女を連想するものなどいないだろう。
「ラインハルト侯、私も竜丁と同じところで待っていようと思う」
「ありがとうございます」
エドワルドには、護衛騎士が付き添っている。アリエル一人より、はるかに安全だ。
「酒はやめた方がよろしいでしょうか」
「あぁ、飲ませたことはない」
「承知しました」
ルートヴィッヒは、アリエルを長椅子に座らせ、自らがきていた外套を着せかけてやった。
「戻ってくるまで休んでいろ。アルノルト殿の槍を選んだあとは、お前の番だ。それまでに少しは動けるようになっておけ」
ルートヴィッヒの言葉に 用意された茶を飲みながら、アリエルは力なく頷き、横になった。横になったアリエルの頭を撫でてから、ルートヴィッヒは出て行った。
「ラインハルト侯も無茶を言う」
エドワルドの言葉に、長椅子に横になったアリエルは微笑んだ。
「鍛冶屋にきて、はしゃいでおられるだけですわ」
「そうか」
お茶を飲むエドワルドは、別の理由を思っていたが、黙っておくことにした。目を閉じたアリエルはまた、寝息を立て始めた。
馬車の中では、ルートヴィッヒは、眠るアリエルの頭をなで、アリエルの髪に指を絡めて、もてあそんでいた。ほとんど表情は変わらなかったが、ルートヴィッヒにとって、特別な時間となっていることくらい、エドワルドにもわかった。膝をかしてやろうが、頭をなでてやろうが、抱き上げようが、アリエルが酷い馬車酔いをしている今なら、いくらでも言い訳ができる。アリエルには可哀そうだが、ルートヴィッヒには、思いがけない、良い外出になったはずだ。
竜丁として側に置くだけならば問題はないでしょうと、アルノルトの言葉通りだろうことは、エドワルドにも想像がついた。伯父のルートヴィッヒが、何度も命を狙われていたことは、エドワルドも聞いている。
「まぁ、それで、あれが強くなり、王都竜騎士団団長に上り詰め、刺客をしかけられにくい立場になったわけだから、何が幸いするかわからん」
エドワルドの父、ベルンハルト国王はそういって苦笑していた。




