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9)町へ

 翌朝、先ぶれとほぼ同時にエドワルドがやって来た。国を挙げての御前試合の翌々日だ。少年が、優勝者と準優勝者に会いたくて、待ちきれなかったのだろうと、大人達は考えた。


「ラインハルト侯、アルノルト殿、一昨日の試合、お見事であった」

「おほめに預かり光栄です」

エドワルドの言葉にルートヴィッヒとアルノルトは跪いて答えた。


「ところで、出かけるのか」

二人とも略装で、馬車の用意をしているのだ。ごまかしようもない。

「はい。鍛冶屋にまいります」

そこへ、アリエルがやってきた。


「エドワルド様、おはようございます」

「竜丁、団長達は出かけるのか」

「はい。鍛冶屋にいかれるそうです」

「私も同行を申し出る。竜騎士団団長が二人いて、私の二人の護衛と合わせたら四人だから、警護に問題はないだろう」

「殿下、突然のお出かけなど、陛下が許可なさるはずもありません。どうか、今日はお引き取り下さいませ」

エドワルドの申し出を、ルートヴィッヒは躊躇なく断った。


「問題ない」

エドワルドの手には、国王の封蝋が押された親書があった。

「父上には、ラインハルト侯とアルノルト殿と、今日は一日一緒にいて良いと言われている」

竜騎士団長二人が、王宮を離れるのには、届け出がいる。当然、国王、ベルンハルトは知っている。


 ルートヴィッヒは舌打ちをこらえた。だから、エドワルドは略服を着てきたのだ。


 結局、馬車には4人で乗ることになった。


 護衛二人は、馬車の外だ。第一王子のお忍びということで、目立たない外見ながら、安定性も良く頑丈な最高級の馬車が、王宮から提供された。


「竜丁、どうした」

アリエルの不調に最初に気づいたのは、ルートヴィッヒだった。

「ちょっと、気分が」

アリエルは口元を押さえた。アルノルトが天井を叩き馬車を止めた。

「大丈夫か」

「すみません」

「竜で飛ぶのは平気なくせに、馬車がだめだとは。珍しいやつだ」

「団長様?」

「アルノルト殿、しばらくお願いする。エドワルド殿下、どうか馬車でお待ちください」

ルートヴィッヒは、アリエルを抱き上げると、馬車から降りた。ルートヴィッヒがアリエルを馬車の影に座らせ、介抱してやっているのがエドワルドには見えた。


「アルノルト殿。ここだけの話として、一つ質問をしてよいか」

エドワルドが、声を潜めてアルノルトを見た。竜騎士団長の中でも、アルノルトとルートヴィッヒが好敵手同士として親しいことは知られている。


 南に暮らし、平民出身のアルノルトは、貴族の権力闘争とは、関わりが少ない。王宮では口にできないことも、彼と二人だけの今ならば、聞けるとエドワルドは思った。

「私は、竜丁に伯母上になってほしい。従兄弟がほしいのだが、どう思う」

アルノルトは息を呑んだ。二人の関係は子供のエドワルドが見てもわかるようなものなのだ。

「私は平民出身です。氷の侯爵に、春が訪れたことを喜びたい。問題は貴族の方々がどのようにお考えになるかでしょう」

「ラインハルト侯は、もはや臣下に下られた。私に、伯父上と呼ぶことすら許さないのだぞ。それでも、貴族がまだ何か言うと、アルノルト殿はお考えか」


 エドワルドは子供だが、王族だ。世の中が綺麗事では済まないことも知っているはずだ。アルノルトは、竜騎士見習いだった頃のルートヴィッヒから、刺客に追われ、食事の毒に神経を削られていたことを、わずかだが聞いている。話を聞いた当時、アルノルトは心底、自分が平民であることを感謝した。


「疑心暗鬼に陥った人の心の闇は計り知れません。すべてが、怪しく、何もかもが、自分を害するもののように思えるのです。問題は、そのような方々が、ラインハルト侯をどのように思われるかにあります。ラインハルト侯ご自身がどのように考え、行動されるかではないのです」

エドワルドが子供らしくない溜息を吐いた。


「竜丁は、優しい。私を見てくれる。他の者はみな、私でなく、王子にものをいうだけだ」

王侯貴族は自分たち平民とくらべて、ずっと恵まれた生活を送り、悩むこともなく気楽な生活を送っていると、アルノルトは思っていた。命の危険にさらされ続けてきたルートヴィッヒは例外だと思っていた。たった一人の第一王子も、悩むことはあるらしい。


「竜丁として、そばに置かれるだけであれば、問題ないでしょう。ですが、それ以上となると、竜の怒りを買う恐れを超え、何らかの行動に及ぶ者が出るかもしれません」


 ルートヴィッヒが、アリエルを抱いて戻ってきて、二人の会話はそこまでとなった。


「休んでいろ」

アリエルは馬車の上座で、ルートヴィヒの膝を枕に横に寝かされた。

「あの、団長様」

「休んでいろと言ったはずだ。この馬車に酔うとはな。乗り心地はこの国指折りのはずだ」

「申し訳ありません」

「もういいから休め、寝ていろ。鍛冶屋は郊外だ。まだしばらくかかる」

ルートヴィッヒの言葉はそっけないが、アリエルの頭を撫でてやる手はやさしかった。間もなく、アリエルは寝息を立て始めた。




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