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8)兄貴分と親代わり

 アルノルトは溜息を吐いた。見上げた視線がトールのそれと絡み合う。

「良いことではあるが、良いことではないな」

アルノルトの溜息に、トールがなにか言ったような気がした。


 ルートヴィッヒは、竜騎士見習いのころから優秀だった。複雑な血筋の問題を抱えるルートヴィッヒは、物腰は丁寧だが愛想がなく、可愛げのない見習いだった。


 アルノルトは教育係の一人だった。アルノルトには、先祖代々間違いなく庶民の血しか流れていない。血筋という面倒な問題を抱え、無愛想なルートヴィッヒの扱いには本当に困った。


 夜の竜舎でルートヴィッヒを見つけた時、アルノルトは驚いた。ルートヴィッヒは、暴れ竜と呼ばれ恐れられていたトールの檻の中で、トールに包まれるようにして眠っていた。アルノルトが、安心しきって眠るルートヴィッヒを珍しく思って眺めていたら、トールに凄まれ、追い払われた。


 人嫌いな暴れ竜が、人付き合いが苦手なルートヴィッヒに懐かれ、困った挙げ句に仕方なく、親鳥のように雛を守っているように見えた。


 あの夜からアルノルトは、ルートヴィッヒの指導をどうしたものかと、トールを相手に相談するようになった。相談といっても、トールを相手に一方的に話すだけだ。だが、人嫌いなはずのトールは、アルノルトを檻の前から追い払おうとはしなかった。あれこれ話すアルノルトに、トールは頷いたり、尾を振ったりして、返事をしてくれた。アルノルトの騎竜ブリッツや他の竜も加わるようになり、アルノルト一人が喋る会話とはいえない会話のおかげで、アルノルトは随分と気が楽になった。

「兄貴分としては、親代わりの意見を聞きたいものだが」

アルノルトの言葉に、トールは面白くなさそうに、他所へ視線を向けた。


 ルートヴィッヒとアリエルは、お互いに、竜丁、団長様と呼び合う。距離を置いた呼び方だ。だが、二人が互いを見る目は優しい。特に、氷の竜侯とも呼ばれるルートヴィッヒが、穏やかにほほ笑む姿には、アルノルトも驚いた。わずかな表情の変化だ。慣れていないと分からない。だが、明るい茶色の、特に光の加減で金色を帯びる瞳からは冷たさが鳴りを潜めていた。

「言葉がわかれば良いのに」

アルノルトの言葉に、トールが頷いた。アルノルトを含め多くの竜騎士は、竜は人の言葉を理解するが、人間が竜の言葉を理解できないだけだと信じている。竜騎士の迷信だと嘲笑う者は多い。だが、竜と日々を過ごしていたら、言葉が通じているとしか思えない出来事がいくらでもあるのだ。


 万が一、孕ませたら、問題だ。


 昨夜自分が口にした言葉を、アルノルトは思い出したが、口にはしなかった。竜達に聞かせるつもりはない。


 ルートヴィッヒは、竜騎士見習いのころ、何もかも諦めたような顔で、ただ鍛錬に明け暮れていた。他の少年たちが、興味を持つような色恋沙汰には一切かかわらず、ただ一人、練習だけをしていた。街の女に声をかけることもなく、色街に行くこともなかった。

「強くなると決めました」

ルートヴィッヒが語った決意の言葉通り、王の剣と盾と呼ばれる王都竜騎士団の団員となり、団長に上り詰めた。団長となってからも、だれも寄せ付けず、孤高の人であり続けた。そんな彼を北の彼の領地に因んで、氷の竜侯、北の侯爵、等と、いつのまにか呼ぶようになった。


 アルノルトは、別に、ルートヴィッヒが優しく見つめる女が、一人くらいいても良いと思う。その反面、南方竜騎士団団長としては、止めるように言うべきだともわかっている。貴族間の派閥争いを、竜騎士が誘発してはならない。


 だが、ルートヴィッヒも人だ。想う女をそばに置きたい。女に自分の子を産んでほしいと思って何が悪いと、ルートヴィッヒに言ってやりたかった。その体に流れる血の半分が国王と同じ庶子は、王子だったこともある。ルートヴィッヒは自ら王族であることを放棄し、竜騎士となった。


「俺は良いと思うが、俺が思ったところでな」

暗い目をして悲壮な決意を漂わせ、鍛錬に明け暮れていたルートヴィッヒの体は、すでに傷だらけだった。大半が刺客に襲われたときの古傷で、痛みはないと言っていた。ルートヴィッヒの素っ気なさは、彼が孤独に慣れ過ぎていたことが原因だったと、今ならばわかる。


 ルートヴィッヒは、刺客に追われ、暴れ竜の檻に逃げ込んだら、竜が匿ってくれた。この国一番の暴れ竜に乗って飛んでみたかったと、当時王都竜騎士団団長だったゲオルグに言った。アルノルトは、僅かに微笑んだルートヴィッヒが、直後に見せた、諦めきった無表情に、恐ろしさを感じた。


 国一番の暴れ竜のトールに数回吹っ飛ばされたルートヴィッヒだが、今はトールに乗り、空を舞う。


 あの生意気で無表情で陰気で無愛想な見習いだったルートヴィッヒが、微笑み、まともに会話をしているのだ。


 ルートヴィッヒは王位継承権を自ら放棄した。ルートヴィッヒは王位を望んでいないのだから、好きに生きてもいいはずだとアルノルトは思う。だが、貴族が、アルノルトと同じように考えないことも、知っていた。

「俺にもお前にも、どうしようもないからな」

アルノルトの言葉に、トールが牙をむき出した。

「そう文句を言うな」



本編にいらしてくださりありがとうございます。

前日譚 予約投稿しております。2022年9月23日19時ー2022年9月29日19時

 https://ncode.syosetu.com/n6595hv/


 竜騎士見習いだったルートヴィッヒに、教育係としてアルノルトが出会った頃のお話です。

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