7)槍
試合の翌日も、竜騎士達は参加した試合や、見学していた試合について、興奮冷めやらぬ様子で、語り合っていた。
「あれは何だったんだ」
アルノルトは、ルートヴィッヒに詰め寄っていた。
「槍の使い方で妙なのがあったな。あれはなんだ」
ルートヴィッヒは狙い通りだった試合運びに上機嫌だった。
「あなたに、試してみたいと用意した甲斐がありました。稽古用の槍をお持ちになってください」
ー来るぞー
トールの言葉に、竜舎にいたアリエルは、あわてて杖を片付け、棚の掃除を始めた。
「竜丁」
「はい」
声をかけられて振り返ると、ルートヴィッヒと長い得物、木製の槍を持ったアルノルトがいた。
「前、私とやったように、アルノルト殿と手合わせをしてくれ」
いつになく、ルートヴィッヒは上機嫌だった。
「これから、ここでのことは、ご内密にお願いいたします。本人の言う通り素人です。そこはお忘れなく。竜丁の養父が短槍を得意としていたのですよ」
ルートヴィッヒの言葉にアリエルは驚愕した。アルノルトの持つ獲物は槍だ。それも長い。長身のアルノルト自身の背丈よりも長い。
「えーっ嫌です、無理です、何を言って、おっしゃっているのですか。団長様、正気ですか」
「アルノルト殿は、素晴らしい槍の使い手だ。きちんとお前に当たらないように止めて下さるから大丈夫だ」
「無理です、無茶です、怖いです。だって、ずっとあちらの方が長いじゃないですか、間合いが違います」
「まぁ、そう言わず。少しでいい」
「トール、団長様がひどい、助けて」
振り返ったアリエルの前には、杖を咥えたトールがいた。
「トール」
ー少し付き合ってやれー
トールはルートヴィッヒに甘い。かつ、南方竜騎士団の騎竜達と、王都竜騎士団の騎竜達は親しかった。竜は、自分に乗る竜騎士に本当に甘い。
「味方がいない」
アリエルは不承不承に、杖を受け取った。
「本当に、竜丁殿がか」
「いいえ。私は素人です。基本的な動きだけです。当たると思いませんが、止められません」
「何、よけきれないというならば、私の鍛錬が足りぬということだ。気にするな」
ルートヴィッヒとよく似たことを、アルノルトは言った。
アリエルは右手に杖を持ち、お辞儀をした。
「よろしくお願いいたします」
ゆっくりと構えた。
それを見たアルノルトも槍を構える。
アルノルトが長い槍を軽々と扱うため、アリエルは間合いに全く入れずにいた。間合いに飛び込み、近距離戦に持ち込めばまだ、何とかなるだろうが近づくことができない。アリエルはひたすら避け、躱し、弾いていた。
ルートヴィッヒの練習で、彼の速度に慣れているから躱せる。アリエルは、攻撃へと踏み切れずにいた。このまま体力勝負に持ち込まれたら、絶対に勝てない。
そんな二人をルートヴィッヒは黙って見ていた。いつも、アリエルと二人だけの稽古のため、実際にアリエルがどう動くか見るのは今回が初めてだった。
アルノルトは、竜騎士見習いだったルートヴィッヒに、竜騎士としての基本の稽古をつけてくれた教育係だった。
アルノルトは長槍を好む。アルノルトも最初は戸惑っていたが、アリエルの動きに、徐々に慣れてきたのが分かった。アリエルは、素人と自分で言うだけあって、動きは単調だ。慣れてくると次を予想しやすい。疲れてきたのか息が荒い。見ていたルートヴィッヒは、アリエルの動きがおかしいのに気づいた。
「待て」
ルートヴィッヒの声に二人が、動きを止めた。
「竜丁、手を見せろ」
アリエルの手の皮が剥けていた。
「これは、痛むだろう」
「おやおや、怪我をさせてしまったね。それにしても、小さな手だな」
アルノルトがそっとアリエルの手に触れ、ルートヴィッヒが睨んだ。
「こんな小さな柔らかい手では、手袋をして稽古したほうが良さそうだ」
アルノルトはルートヴィッヒの視線を平然と無視した。
「そうですか。作ってやりたいですね。店をご存じですか」
「あぁ」
「あと、この竜丁の使い方に合うような、槍を作りたいのです。私の知る刀鍛冶は、槍はあまりそろえていないのです」
「えぇ!団長様、槍な」
「短槍だな。王都に来たら行く鍛冶屋がある。明日行くか。それで、貴殿の竜からは許してもらおう。うちの竜にも言い訳しよう。南に帰るときに竜が不機嫌では困る」
アリエルが驚いている間に、男二人は楽しそうに明日の予定を決めてしまった
「アルノルト殿。では、明日」
ルートヴィッヒはそういうと、アリエルの手を引いた。
「竜丁、ついてこい、手当てするぞ。あと、明日出かける」
「え、あの、団長様」
「お前の手袋と槍だ。お前が来ないと意味がないだろう」
「団長様、そんな、突然、用意といっても、町に行ったことはありませんし」
「私は行ったことがある。お前は、いつもの服でいい」
小柄なアリエルの手を引きながら、ルートヴィッヒは歩いていった。手当てするというルートヴィッヒと、遠慮しているアリエルの声が聞こえる。明らかに、ルートヴィッヒのほうが、アリエルをかまっていた。




