6)竜騎士団団長達と副団長達
アリエルは、ルートヴィッヒに言われた通り、団長達の分の食事をお代わりも含めて残しておいた。ルートヴィッヒが、言葉通り勝手に温めて食べることができるのは知っている。
しかし、本日の優勝者と準優勝者という栄えある立場の二人に、残り物を温めて食べさせるのは少し可哀そうに思えた。厨房の隅の長椅子にアリエルはショールにくるまって横たわり、仮眠をとっていた。
「寝ていろと言わなかったか」
聞きなれた声がした。
「団長様、お帰りなさい」
あくびをしながら起きたアリエルは首を傾げた。
「あの、団長様、人数が多いです」
どう見ても、派手な竜騎士団の礼服に身を包んだ男性が4人いる。
「あぁ、増えた。東の団長と、西の副団長だ。アルノルト殿がここの食事の話ばかりするから、ついてこられた」
ルートヴィッヒの言葉に合わせて男性は、それぞれお辞儀をした。確かに、昼間見た男性たちのようだった。
「でも、東と西の竜騎士団は、どこかの貴族の方のお屋敷におられたはずですよね。貴族のお屋敷のお料理のような立派なものなど、作れません。ご期待に沿えるとはとても思えないのですけれど」
アリエルの言葉にルートヴィッヒも苦笑した。
「私もそう言ったのだが。聞き入れてもらえなかった」
「いや、アルノルト殿にその話ばかり聞かされたら、興味が湧いて当然だろう」
「普段は、試合の話ばかりだというのに」
低い声で笑う男たちは、豪華な上着を脱ぎ、椅子に腰掛け、既に寛ぎ始めていた。
「起きてくれていたなら、とりあえず温めてくれないか。全員ろくに食べる間もなかった」
祝勝会には御馳走が用意されるが、各地の貴族が揃う稀な機会なので、竜騎士団幹部は挨拶回りをせねばならない。食べる時間などない。
「団長様達も大変ですねぇ」
同情したアリエルに、団長達と副団長達は頷いた。
各竜騎士団の団長、副団長を待たせていると思うと気を遣う。それに、この時間まで食べていない男四人の空腹の程度など、アリエルにはわからなかった。二人分と思っていた、四人分というのはあまりに控えめな量の料理を温めながらアリエルは、包丁を手に取った。
温めたスープとパンを配った後、アリエルは厨房に戻った。食堂で何やら話し声がするが、楽しそうだから、不味くはないのだろう。
剣の練習後に、腹が減ったとエドワルドが大騒ぎするから、アリエルは手軽なものを用意する事が多い。贅沢な食事に慣れているはずのエドワルドだが、毎回喜んで食べてくれる。よく似ているのに、甥と違って、ルートヴィッヒはお代わりが欲しいとは、今も言えない。突然、客人を連れてきた今日も、もう少し欲しい等の要求は口にできないだろう。
きっと食べ足りない男性四人のために、しっかり焼いたそれを手に、アリエルは食堂に戻った。
「なんだそれは」
一番正直なのはアルノルトだった。口は質問をしているが、アルノルトの手はすでに、アリエルの持つ皿に伸びている。
「足りないかと思いまして、作ってみました。熱いので気を付けてください」
野菜を細く切り、水で溶いた粉で繋いで、鉄板で焼き、チーズをのせたものだ。溶けたチーズが野菜をくっつけ、焦げた部分が香ばしくておいしい。大人向けに少し香草を入れてみた。焼けたチーズの香ばしさで味が決まる料理だ。チーズは安くはないが、王都竜騎士団の予算なら問題はない。
「旨いな」
「貴殿は毎日、こういうのを食べているのか」
眠いが、喜んでもらえると、アリエルも嬉しかった。
「お口にあいますでしょうか」
「あぁ、突然お邪魔したのに、歓待していただけてありがたい」
「いや、今日はラインハルト侯とアルノルト殿についてきてよかった」
初めて会う二人も笑顔だった。
「竜丁、送ろう。もう部屋に帰れ」
「あ、でもお片付けが」
「食器だけだろう。全員野営の訓練を指導する側だ。そのくらいはなんとかなる。遅くにお前を一人で部屋に帰すと、明日マリアに私が叱られる。さっさとついてこい」
立ち上がって歩きだしたルートヴィッヒに、アリエルは慌てた。
「あの、お先に失礼します」
エドワルドに教わったカーテシーをして、アリエルはルートヴィッヒを追いかけた。
「で、どう思われる」
二人が消えたことを確認し、アルノルトは東の団長と、西の副団長を見た。
「本人はトールの竜丁だと言うが」
それだけでないことくらい、見ているとわかる。氷の侯爵が、ほほ笑むなどなかったのだ。
「仮にも、王家の血筋の侯爵だ。あの娘、あの顔だ。流民の血が流れているだろう」
「しかし、下手に貴族の令嬢など迎えられては派閥抗争が再燃するだけだ」
「ご自身のお立場は、彼自身が一番わかっているからな」
ルートヴィッヒは、国王の血を引く庶子だ。今は、兄弟である国王の剣と盾とされる王都竜騎士団の団長という地位にある。侯爵ではあるが、王都竜騎士団団長の地位に付属したものであり、彼自身の称号とは言えない。臣籍降下したルートヴィッヒには、後ろ盾と言えるものがない。
一方で、一部に、竜騎士として国民に人気の彼を次期国王にという意見もある。ルートヴィッヒ自身は、常に断っているが、物事は本人の思うように進むとは限らない。万が一の時、ルートヴィッヒと彼の騎竜のトールを止めるなら、各地の竜騎士団長達が手を組み、ルートヴィッヒを襲う以外にない。それでも敵うかわからない。
「竜丁としてだけ、手元に置かれるのであれば、どのようなことを考えておられてもよいが。仮に、孕ませるようなことがあれば、問題になりかねん」
ベルンハルト国王とルートヴィッヒは、公の場ではあまり親しくはないようにふるまっている。不埒なことを考える貴族を煽り、ルートヴィッヒを担ぎ上げようとしたところで、始末したいのだろう。年長者達には、若い二人のやり方は、緻密とは言い難く、少々心配していた。
「お立場がなくば、竜丁の妻というのは、竜騎士にとっては最高だとも思うが」
「なにより、飯が旨い」
「全くだ」
政治には、竜騎士達が関わることは出来ない。竜騎士である彼らにできるのは、ルートヴィッヒを殺せという指令が出ないことを祈るだけだ。
「なかなか、思うようにはいかないな」
アルノルトの言葉に全員が頷いた。自分達が各地の団長になり、ルートヴィッヒを支えると約束した。もっと簡単なことだと思っていた。