4)南方竜騎士団団長
御前試合が近くなり、各地の竜騎士団から竜騎士たちが、王都にやってきた。王都竜騎士団の兵舎は、南方竜騎士団を預かると教えられた。東西は挨拶には来たが、それぞれ、貴族の館に逗留するために飛んでいった。
「毎年、騒がせてすまないな。ラインハルト侯」
「アルノルト殿、何をおっしゃいますか。遠方より毎年ありがとうございます」
南方竜騎士団の団長は、アルノルトという、ラインハルトより少し年上の豪快に笑う男性だった。部下も含めて六人、竜も六頭増えた。数頭、少し見た目の違う竜がいた。その竜達はルートヴィッヒに挨拶するかのように、顔を寄せてきた。
「元気にしているようだね」
ルートヴィッヒは一頭ずつ竜の頭を撫でてやっていた。
「ラインハルト候、相変わらず竜に好かれるな」
南の竜騎士団長アルノルトの、どこか皮肉めいた言葉を、ルートヴィッヒは聞き流した。
南方竜騎士団の竜騎士達は、アリエルが当然のように手綱を受け取ると、一瞬目を丸くした。アリエルを先頭に六頭の竜は、竜舎に向かい、おとなしく並んで歩いた。
「あれが、貴殿の竜丁か。噂には聞いたが」
アルノルトの言葉に、ルートヴィッヒは微笑んだ。
「我々は見慣れてしまいましたね。あの娘は私というより、トールの竜丁です」
「トールは、貴殿の暴れ竜だろう」
「大きな犬のように懐いていますよ」
「信じられん」
「最初は私も驚きました。ついていくと、もっと驚く光景をご覧になれますよ」
この日、南の竜騎士達は、自分たちの竜が、水汲みを手伝えるということを知った。
竜騎士達は御前試合で、互いの名誉をかけて、全力で戦う。竜騎士達は、互いに好敵手であり仲が悪いわけではない。二つの竜騎士団の竜騎士達は、一緒になって稽古や、練習試合をしていた。
動くと当然、空腹になる。試合が数日後であるから、あまり消化に負担がかからないものがいいだろう。前もって考えておいた料理をアリエルは提供した。
「飯が旨い!」
一口食べるなり、アルノルトが叫んだ。
「何があった、ラインハルト侯、飯が旨いぞ、お代わりだ」
相当食べるはずだとルートヴィッヒに言われ、普段の二倍作っておいた。だが、アルノルトの食べる速度は驚異的だった。
「お代わり、どのくらいにされますか」
ルートヴィッヒより少し年上の男性がどのくらい食べるのかなど、アリエルにはわからなかった。
「沢山もらっていいのかな」
アルノルトに触発されたのか、他も慌てて食べている。
「普段の倍作っておりますから、大丈夫だと思います。ただ、二回目以降のお代わりは、他の方々の一回目が終わってからで、お願いします」
王都竜騎士団のお代わりの制度を説明すると、アルノルトが嬉しそうに笑った。
「二回目も期待できるというわけか。楽しみだ」
「そういっていただけると、マリアも私もうれしいですね」
しかし、この男は三杯も食べるつもりなのだろうか。残っても困るから、食べてもらった方がいいのだが、大事な試合前にそんなに食べていいのだろうか。
結局、六人増えただけなのに、普段の二倍用意した食事は、すべて綺麗に食べ尽くされた。
「みなさん、びっくりするくらい、召し上がりますね」
夕食後、ルートヴィッヒの執務室で、アリエルの淹れたお茶を二人で飲みながら、いつものように話をした。
「お前がきてから、ここの食事は味がよくなった。前はマリアが一人で、竜騎士に手伝わせていたからな。剣は持てても、包丁など使えない者のほうが多かった。まともに料理ができる人間が二人もいると、こんなに違うのかと、私も驚いた。彼らがいる間は、今日くらい用意しておいてくれ。南の騎士団は、飯が今一つだった頃もよく食べたからな」
「明日、どんなのがいいですか」
「お前の手間はわからんが。あのジャガイモのスープに、チーズがかかって、牛乳の味のものが食べたい」
「わかりました」
ルートヴィッヒの希望通りのスープも、驚くべき勢いでなくなった。
試合までの三日間、本当に彼らはよく食べた。
「ラインハルト侯はいいな。女手はうちのほうが多いが、ああいう飯はないなぁ。ここの飯のほうが旨い」
「焼いた肉でも、竜丁がきてから、味が変わりましたね」
試合前日に、団長二人は剣の手合わせをしながら、食事の話をしていた。緊張感に欠けることこの上ない。
「料理もする竜丁など、珍しいのを見つけたな」
「見つけたのはトールです」
「そうか」
アルノルトは、アリエルをトールの竜丁だと言うルートヴィッヒを、それ以上追求しなかった。
ルートヴィッヒがアリエルを見る目は優しい。何気ないときに、アリエルを見ている。そのアリエルは腰に短剣を帯びている。竜丁が短剣を持つことは珍しくないが、柄が長い短剣に、アルノルトは見覚えがあった。
「ラインハルト侯、明日は互いに本気で勝負だ」
「無論です」
試合前日の晩、アルノルトは言った
「竜丁殿。明日は本番の試合だ。せっかくだ。応援してくれ」
「アルノルト様の応援ですか。では、王都竜騎士団の竜騎士様たちとの御試合でなければ応援いたします」
アリエルの言葉に周囲は苦笑した。
「竜丁、アルノルト殿が試合に出る頃には、相手はここの竜騎士ばかりだ」
「いやいや、今年こそ、南も勝ち上がる。それに、応援してくれる者がいるほうが、頑張れる。どうせ、明日は、決勝でいつものラインハルト侯相手だ。今年は負けんぞ」
「ご随意に。まぁ、私も負けるつもりはありませんが」
ルートヴィッヒは、アリエルが見たこともないような好戦的な笑みを浮かべた。