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1)早春

 冬から春に移り変わる頃。雪の下で春の花が咲き始めた頃から、竜騎士達の訓練は、厳しさが増した。全体的に緊張した雰囲気が漂っていた。減らない書類を相手にするルートヴィッヒも、眉間に皺を刻むことが増えた。


 ベルンハルト国王陛下の誕生祭、エドワルド王子殿下の誕生祭と大きな行事が続いた。警備にあたる竜騎士達は、王宮の空を舞った。竜騎士たちが竜に跨り空を飛ぶ姿が、夕暮れ時になると夕焼けの空に映え、夜は月明りに照らされ、美しかった。交代で空を舞う彼らに食事を提供してやりながら、アリエルは時々、飛んでいる彼らを見るために外に出た。ルートヴィッヒは団長であることを示す飾りのついた兜をかぶり、一回り大きなトールに乗っていた。月を背にした王都竜騎士団団長ルートヴィッヒの影は、本当に美しかった。

 

 アリエルは、エドワルドの誕生祝いに、イニシャルを刺繍したハンカチを渡した。刺繍はマリアに教えてもらった。アリエルにはそのくらいしか思いつかなかったし、財産のないアリエルには、他の贈り物など用意できなかった。豪華な贈り物を沢山もらっていただろうが、エドワルドは喜んでくれた。


 刺繍したハンカチには特別な意味があると、数日後にゲオルグに教えられた。騎士にとって、所属する騎士団の紋章と本人のイニシャルを、家族や妻が刺繍したハンカチは、大切なお守りだとゲオルグは言った。ゲオルグは、今でもマリアに最初にもらったハンカチは、大切にしていると教えてくれた。エドワルドに渡してからそれを知り慌てたが、渡したあとに知っても仕方ない。特に意味など、エドワルドもきいてこなかった。


 エドワルドの誕生祭の夜、トールに跨って飛ぶルートヴィッヒの影を見ていて、気付いたことがあった。ベルンハルト国王の二日前に生まれたというルートヴィッヒの誕生日の祝いは何もなかった。兄弟なのにと、少しルートヴィッヒがかわいそうになった。世話になっているルートヴィッヒに、遅れたが、何か祝いの品を贈りたかった。ルートヴィッヒ一人に渡して、要らぬ憶測を招くのも面倒だ。


 お守りになるというならば、普段世話になっている竜騎士達のハンカチも作ることにした。総勢十五名分だ。マリアに相談したら、とても喜んでくれた。教えてくれる相手がいるのは頼もしいが、何せ枚数が多いうえに、騎士団の紋章は難しい。


 エドワルドの誕生祭の後、アリエルはマリアと一緒に竜騎士達に隠れて針仕事にいそしんだ。


 国王と王子の誕生祭が終わっても、竜騎士達の緊張は続いていた。王妃の誕生祭は、表向きは王妃が気兼ねなく過ごせるように、夏に王宮内で彼女の実家の伯爵家と王家だけで行う。実際は、王妃として問題ある王妃が参加する公式行事を少しでも減らすためだと、ルートヴィッヒが言った。どこか疲れた様子のルートヴィッヒに、アリエルもそれ以上の質問は諦めた。


 アリエルは、張りつめた様子の竜騎士達に、直接理由を聞くことをためらった。頼りになるのは王宮育ちのエドワルドだった。

「近々、なにか行事があるのですか」

「竜丁は知らんのか。もうすぐ年に一度の竜騎士同士の御前試合がある」

アリエルの質問にエドワルドは答えてくれた。


「国王直属の竜騎士団は東西南北にある。王都竜騎士団は北を兼ねているだろう。各地の竜騎士団の団長か副団長と、精鋭が王都にきて、勝ち抜き戦をする。ここ数年、決勝戦は南の竜騎士団長と、ラインハルト侯で、ラインハルト侯が勝っている。そろそろ二人には、模範試合をさせて、勝ち抜き戦には出させないようにしようという案も出るくらいだ」

「団長様、強いんですねぇ」

「ラインハルト候は、団長になる前年から無敗だ」

エドワルドが誇らしげに胸を張った。

「まぁ。それはすごいですね。そういうこと、一切教えてくれないのも、団長様らしいですねぇ」

エドワルドに付き添っていた護衛騎士の二人が顔を見合わせた。


「どうされました」

基本、護衛騎士達は、影のように付き添い、気配がないことのほうが多いのだ。緊急事態以外は、エドワルドが許可をしないと話もしない。

「構わぬ」

「竜丁殿。王都竜騎士団の竜騎士様たちは、全員が御強いです。勝ち抜き戦でも、途中から、王都竜騎士団の方々と、各地の団長と副団長だけの試合になります。おそらく、王都竜騎士団の副団長であれば、各地の団長は務まるのではないかと言われてもいます」

「その王都竜騎士団団長であるラインハルト侯爵様は別格です。我々、護衛騎士も、決して他に劣るような腕ではございません。あの方に、稽古相手に誘っていただけるのは、我々の中で最も腕が立つフリッツだけです」


 確かに、フリッツはたまに一人でエドワルドの警護をする。他は皆、数人で警護している。


「私、見学できますでしょうか」

アリエルの言葉にエドワルドは大丈夫だと保証してくれた。

「竜騎士同士の試合だ。竜の面倒を見るのは竜丁だ。竜丁が一番近くで見ることになる。気を付けてないと、降りてきたときに、たまに巻き込まれるそうだ。私は、そのような事件を見たことは無いけれどな。まあ、ラインハルト侯が、竜丁が危なくなるような試合運びをするわけがないから、安心して見ていたらいい」

「楽しみです」


 訓練を見ていれば、ルートヴィッヒが強いのはわかる。だが、御前試合と訓練は違う。他の竜騎士団との試合ともなると、互いに名誉をかけた試合になるだろう。アリエルは、刺繍の完成を急いだ。


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