23)冬の終わり
冬、王都に少し雪が積もった。地方では、雪深くなる頃だ。竜騎士たちの中には、里帰りをするものもいた。
「今年はお前は帰らないのか」
食堂で、ルートヴィッヒは、ハインリッヒにいった。
「毎年、帰っているだろう。いいのか。男爵家の次男が、祭りに不在で」
「不要です。妹が帰るからよいでしょう」
「里帰りが、代役に務まるとは思えないがな」
ルートヴィッヒはそれ以上追求しなかった。
「竜丁、片付けが終わってからでいい、執務室にきてくれ。終わりそうもない」
「はい」
ハインリッヒはあからさまに舌打ちをし、マリアは食器を片付けながらハインリッヒが座った椅子を蹴飛ばしていった。
執務室で、机の上を見たアリエルは首を傾げた。
「増えていませんか」
昨日、書類の山をかなり低くしたはずだ。それなのに、その低い山のとなりに、高い山が二つもあった。
「増えている。お前の手伝いで仕事が早く片付くようになったら、それに合わせて、回される仕事が増えてきた」
ルートヴィッヒは、忌々しげに山の一つを叩いた。
「これなどどう思う? 王領の書類だぞ。日々増えてくる。本来、若い王族が、統治を学ぶために治める領地だ。エドワルド殿下が、執務室に出入りしていることを、国王陛下が嗅ぎつけた。跡継ぎ教育を、私に回すなど、冗談ではない」
国王陛下に不敬な言葉を吐くルートヴィッヒは、機嫌の悪さを隠そうとしない。
王領の書類に文句を言うが、ルートヴィッヒは、エドワルドに執務を手伝わせるとき、懇切丁寧に、様々なことを教えてやっている。エドワルドも、尊敬する伯父に構ってもらえるのがうれしいらしく、素直に聞いている。国王陛下が兄弟であるルートヴィッヒに、愛息の跡継ぎ教育を任せたくなるのも当然だろう。
「王妃の仕事である慈善事業もこのとおりだ。祭りが近い今になって回してくるなんて、冗談じゃない」
冬の訓練は、室内での鍛錬が多い。天候が悪い日も多く、気晴らしにトールに乗って空を飛ぶこともできない。鍛錬と飛行という好きなものが制限されている中、書類仕事が増えた。ルートヴィッヒが書類に八つ当たりするのも仕方ないだろう。
アリエルは黙って聞きながら、ルートヴィッヒの好む香りの高い茶を淹れてやった。
「お前が淹れた茶は、いい香りがするな」
「そういう茶葉ですから」
目を覚ますような香りがするお茶は、少し疲れがとれるような気がする。夕食後に飲むようなお茶ではないが、この後も仕事の二人にとっては、目がさめて丁度良い。アリエルも丁寧に淹れたお茶を褒めてもらえるのはうれしい。
ルートヴィッヒは忙しい。最初は、王都竜騎士団としての書類仕事かと思っていた。だが、深くかかわってみると、行政に深くかかわる書類が多いことに気づいた。彼が愚痴を言うように、王族としての仕事も回ってきていた。王族としての権利を捨てたのに、義務だけ背負わされているルートヴィッヒが、可哀そうに思えた。せめて、お茶は、最高に楽しんでほしいと思う。お茶のことを聞くと、商人たちは嬉々として教えてくれた。おかげで、執務室には何種類ものお茶が常備されている。
「先ほど言っておられたお祭りのことをきいていいですか」
「祭りの何を知りたい」
「村ではこの時期、お祭りは、なかったので」
「知らないのか」
「はい」
ルートヴィッヒは微笑んだ。
「もう一杯、茶をくれたら礼に教えてやろう」
冬至の日、太陽の恵みと春の訪れを願う祭りをする。白い服を着て、常緑樹の枝と、蝋燭を持った春の乙女が、春の訪れを祝う歌を歌う。ルートヴィッヒは、そう語った。
アリエルが頼むと、ルートヴィッヒはうろ覚えだと言いながら、小さな声で歌ってくれた。アリエルはマリアに相談して、とある計画を立てた。若いころ、春の乙女をしたというマリアは、大張り切りだった。
冬至の日になった。お祭り用の食事が終わった後、アリエルは、マリアの作ってくれた白い乙女の衣装を着て歌った。居残りの竜騎士たちは喜んでくれた。頼まれて何度も歌った。そのあと、執務室でルートヴィッヒに請われて、彼一人だけのために歌った。アリエルの歌を、ルートヴィッヒは、目を閉じて、穏やかな様子で聞いていた。
「来年もまた、歌ってくれるか」
「はい」
「他の歌も聞いてみたい」
「村の、収穫のお祭りの歌くらいしか知りませんけれど」
「収穫の祭りか」
アリエルの抑えた歌声は部屋の外まで漏れていた。アリエルの淹れたお茶を二人で飲みながら、くつろいで過ごしている様子を、部屋の外でハインリッヒが窺っているなど、二人は知らなかった。
冬至が過ぎた後、順番に竜騎士たちが戻ってきた。戻ってきた彼らは、居残り組の話を聞いてうらやましがった。王宮の豪華な祭りに参加していたはずのエドワルドまでうらやましがった。
結局、王都竜騎士団の兵舎では、二度目の冬至の祭りが開かれた。
第一章は終了です。
明日から第二章に続きます。お楽しみいただけましたら幸いです。




