幕間 護衛騎士の両親1
訪問をしたいと申し入れをしようにも、預けた手紙すら受け取ってもらえなかった。申し訳なさそうに手紙を持って帰ってきた使者を労ると、ルートヴィッヒは溜息を吐いた。
「ヴォルフ」
貴族の長男だといっていた。ただ、彼の父が若かりし頃、馴染みの女性に産ませた子だから、継承権はないといって笑っていた。
「私は、父が放蕩息子だったという証拠みたいなものです。それでも、母を離れに住まわせてくれているのですから、まぁ、元放蕩息子の割には、父はましな方だと思いますよ」
庶子でありながら、王位継承権を与えられてしまったルートヴィッヒの生きづらさをわかってくれていたと思う。剣の稽古をつけてくれた。短槍のほうが好きだと言っていたが、室内で振り回しづらいのと、接近戦に向かないから、ルートヴィッヒがもう少し剣が上手になったら教えてくれると約束してくれた。
約束は、果たされることはなかった。今は、ヴォルフの養い子のアリエルによって、その約束は果たされているともいえるのかもしれない。
忌々しい新月の晩、襲ってきた刺客と戦い、ヴォルフは左腕に重傷を負った。ヴォルフは実家に連れ戻された。別れを言うことも、礼をいうこともできなかった。手紙を何度か送ったが、返事はなかった。ヴォルフの手元に届いているかもわからなかった。ようやく受け取った返事は、ヴォルフの母からのもので、簡単にヴォルフが消息不明だと告げるものだった。
あの日、戸棚の奥の手紙の束は、ルートヴィッヒが送ったものだった。ヴォルフが受け取ってくれていたと思うと嬉しかった。返事がなかったことを改めて思い起こして辛かった。竜騎士になったことを知っていたなら、連絡の一つも欲しかった。
せめて、ヴォルフの家族に、ヴォルフの消息を伝えたかった。亡くなったとはいえ、村人を守ったのだ。養い子もきちんと育てていた。騎士としての道は断たれたはずの彼は、騎士道に基づいた立派な生き方をした。ヴォルフのためにも、ヴォルフの両親に伝えてやりたかった。
ヴォルフが育てたアリエルは、ヴォルフが亡くなるまでの様子を知るだろう。ヴォルフの母が存命ならば、それを聞きたいのではないだろうか。門前払いであることから、おそらく、内容も確認していないだろう。
ルートヴィッヒは、書状にアリエルから預かった養父の印環で、封をした。せめて封を開けて、中身を確認してほしかった。これで受け取られなかったら、最後にするつもりだった。
手紙はようやく受け取られ、訪問を許すとの返事が来た。
通された部屋は明らかに客間ではなかった。歓迎するつもりはないと言いたいのだろう。仕方ないとは思う。庶子であるルートヴィッヒを、毛嫌いする貴族は多い。特に彼の息子であるヴォルフはルートヴィッヒの護衛であり、ルートヴィッヒをかばって負った怪我のため、騎士として生きる術を断たれた。家を出て消息不明となったヴォルフを思う老伯爵の心情を思えば、扱いも仕方ないものだった。
「ずいぶんと遅い見舞いだな」
「申し訳ありません」
老伯爵の言葉に、ルートヴィッヒは謝罪するしかなかった。確かに、老伯爵の言う通り本来ならば、あの頃、ヴォルフの元を見舞うべきだった。だが、当時のルートヴィッヒには、城の外へ出かける馬車など用意できなかった。用意してくれる人もいなかった。そんな王宮内の事情を、老伯爵が知るはずもない。
「手紙だけで済ませていたくせに、今になって面会など図々しいことだ」
老伯爵の強い口調に、隣に座るアリエルが身を固くし、腕にしがみついて来たのが分かった。
「申し訳ありません」
見舞いに行きたかった。礼を言いたかった。会いたかった。子供のころ、何も権力のなかった自分にはできなかった。ようやく会えたときには、冷たい骸となっていた。
「この封蝋はどういうつもりだ」
「ご子息の消息を知る機会を得ましたので、お伝えしたいと願ったまでです」
控えていたヨハンに合図した。
「彼の剣と印環です」
老伯爵は、剣を抜いた。手入れはしたが、刃こぼれはそのままにしていた。印環を吊るしていた鎖は、養父の形見としてアリエルに渡した。
「何があった」
伯爵の目は刃こぼれを見ていた。ルートヴィッヒも、その場にいたわけではない。ヴォルフが山村で司祭を務めていたこと、村が盗賊に襲われたこと、ヴォルフが村人を守るため戦い、そこで命を落としたことを伝えた。
「上空から煙が上がっているのを見て、村に降りました。盗賊を排除し、彼を見つけた時には既に、亡くなっておられました。彼は、神殿の近くにある代々の司祭の墓地に葬りました」
「そうか」
老伯爵は、表情を変えなかった。ルートヴィッヒには老伯爵が何をどう感じているか、わからなかった。
「その娘は」
「彼の養い子です。王都竜騎士団で引き取っています」
「司祭様のお父様」
アリエルが口を開いた。
「ありがとうございました。私は森に捨てられていたそうです。司祭様に育てていただきました。お礼をきちんと申し上げる前に、亡くなってしまわれました。とても残念です。沢山のことを教えていただきました。司祭様のお父様が、司祭様に教えてくださったからだと思います。ありがとうございました」
「貴様のような下賤の者に、口を利くことを許した覚えはない」
伯爵の言葉にアリエルが身をすくめた。
「申し訳ありません」
小さな声で言うと、アリエルはルートヴィッヒの腕に強くしがみついてきた。
「失せろ」
「失礼いたしました」
怯えたアリエルをなんとか立たせ、気色ばむヨハンを視線だけで押しとどめ、部屋を出た。
「団長、あの態度はあまりに失礼では」
「ヨハン、私の護衛騎士だった彼の息子は、私をかばい、騎士としての致命傷を負った。彼の怒りももっともだ」
「ですが、それも彼ら護衛騎士の役目では」
ヨハンの言うことも一理あるが、それを相手の親の屋敷で口にしていいことではない。
「ヨハン、口を慎め」
ルートヴィッヒは腕にしがみつくアリエルを、顎で指した。
「怯える」
アリエルが顔をあげた。
「大丈夫か」
「はい。司祭様のお父様、よく似ておられましたけど、怖かったです」
「お前に怒っていたわけではない」
「でも、団長様、哀しそうです」
アリエルが、ルートヴィッヒの頬に触れた。
「帰りましょう」
「あぁ、そうだな」
アリエルを連れてこない方が、良かったのかもしれない。子に先立たれた父の思いなど、想像してみても、ルートヴィッヒにはわからなかった。