27)避難所3
「あら、団長様」
赤子を抱いていたアリエルは、やってきたルートヴィッヒに声をかけた。
「赤子か」
「えぇ、あの火災の翌日に生まれたそうです」
「あんな日に。よく無事だったな」
ルートヴィッヒはアリエルの抱く赤子を覗き込んだ。
「眠っていますわ」
「小さいな」
「生まれたばかりですもの。そろそろ母親に返してあげましょうか」
アリエルは、近くにいた女を見た。
「ありがとうございます。かわいい赤ちゃんを、抱っこさせてもらえてうれしかったです」
「いいえ。抱いてもらっている間に、ゆっくり食事ができました。ありがとうございます。奥様」
「まぁ、奥様なんて。私はただの竜丁です。そんな、大層な」
アリエルが笑った。
「あの、ありがとうございました」
礼を言う女はルートヴィッヒを見ていた。
「あの日、助けてもらいました。ありがとうございました」
「そうか。わざわざ礼を言ってくれてありがとう。だが正直、あの日は誰を助けたのかなどわからん。別の者かもしれないが、礼は受け取った。皆に伝えておこう」
あの日、助けた中には身重の女も何人かはいたはずだ。普段、ルートヴィッヒとアリエル以外は乗せないトールも、女や子供を乗せて飛ぶのは拒まなかった。男に関しては、協力してくれた自警団以外は、両足で鷲掴みだった。
「団長様です。この子の上の子達と一緒に乗せていただきました。お側にいた方が、団長じゃないと飛べないって、おっしゃってました」
「あぁ、あの、泣いて離れない子供が二人いた身重の女がいたな。では、あの時の腹の子か」
「はい、三人目です。上二人が男の子で、初めての女の子です。父親も無事で、本当にありがとうございました」
「それはよかった」
「まぁ、じゃぁこの子にはお兄ちゃんが二人いるのね」
「はい。あそこで面倒見ていただいています」
ハインリッヒが、空き地で木切れを振り回すやんちゃ坊主達の相手をしていた。
「マーガレット様のお話を思い出しますね」
「マーガレットの?」
「マーガレット様が子供の時に、ハインリッヒ様に妹じゃなくて弟が欲しかったと言われて、泣いてご両親に言いつけたことがあるというお話です」
アリエルの話に、ルートヴィッヒは笑った。男女の兄弟とはどういうものかと質問したベルンハルトが、腹を抱えて笑ったマーガレットの思い出話だ。
「ハインリッヒも楽しんでいるようだな」
その周りには、すでに別の子たちが集まっていた。
「弟が山ほどに、妹もいるな。あの人数だと、体力勝負だ。忍耐力も鍛えられそうだ」
アリエルが笑った。
「そろそろ、兵舎に戻りませんか。お腹を空かせた大きな子供達の食事の用意があります」
「あそこでいい運動をしているのもいるな」
ルートヴィッヒはアリエルの肩を抱いた。
「ハインツは置いていこう」
「団長様、あとで恨まれますよ」
「そのうち誰かが加勢する」
ルートヴィッヒは赤子を抱く女を見た。
「赤子を育てるのは大変だろう。無事育つことを願っている」
「はい。あの、あの、よろしければその、奥方様のお名前を、いただいてもよろしいでしょうか」
女の言葉にルートヴィッヒとアリエルは顔を見合わせた。王都竜騎士団の女竜丁、宰相代行の女書記官は、良く知られている。御前会議に出席する貴族達は、二人へ表立っては友好的な態度だ。
二人への陰口や嫌がらせのような噂は絶えることがない。二人に好意的な王宮勤めの者たちは、噂を否定して回り、噂の発生源を突き止めては報告してくれる。現時点では、実害が無いので静観していた。
「あなたの気持ちはとても嬉しいけど、困ったことになりそうだから、止めた方が良いわ」
「私もこの娘も、一部の貴族から、あまり好まれていない。別の名前にしておいたほうがいい」
二人の言葉は、意図せずしてリヒャルトの言葉を裏付けることになった。
二人は、トールが待つ空地に向かった。
「そういえば、最近、噂はどうだ」
「団長様には、避難所ごとに愛人と隠し子がいるらしいです」
「ずいぶん早く生まれる子供だな。孕んでいる暇もない」
「本当に。私にも愛人がいるそうですし」
「貴族は愛人の噂が好きだな」
「ご自身に愛人がいらっしゃるから、他人にも当然いると思われるのでしょう」
アリエルの言葉に、ルートヴィッヒは低く笑った。
「まぁ、そうだろうな。愛人よりも、使える書記官が欲しい」
「何人か、ご紹介いただきましたのに」
「全部、辞退しただろうが。大して仕事しないうちに辞められてばかりで迷惑だ」
「団長様が考え事をしているだけで、怖がるような方もおられましたね」
「あぁ、私が護衛騎士の稽古に付き合っただけで逃げて行ったやつもいた。使える使えない以前の問題だ」
「そうでしたね。廊下や隣の部屋での稽古で、なぜ逃げるかよくわりませんけど」
ルートヴィッヒもアリエルも、稽古など日常だ。
武官ではない書記官達の内心など、わかるはずもなかった。




