表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/250

18)執務室1

 廊下で追いついたベルンハルトの襟首を掴み、執務室に着く頃には、ルートヴィッヒの気も静まっていた。


 事件の規模から考えて、侯爵家の断絶は妥当だ。子供の頃に自分を庇って死んでいった護衛騎士達の(かたき)をようやく取れたと思うと嬉しい。


 カールの妹と家族離散の復讐にもなるから、カールも喜ぶだろう。侯爵の処刑も宣言された。貴族としての斬首よりも、火付けの主犯としての火刑が妥当だ。だが、宰相代行であってもルートヴィッヒが一人で決められることではない。


 貴族の断絶にしろ、処刑にせよ、領地の拝領にせよ、最終決定には、御前会議での承認が必要だ。


 侯爵家の断絶に反対する者はいないだろう。処刑に反対することも難しい。王都への意図的な火付けは反逆罪に当たる。宰相代行であり、王都竜騎士団団長であるルートヴィッヒに濡れ衣を着せようとした偽証罪もあり、王妃の死亡に関して、ベルンハルトは侯爵の罪とすることに決めたようだった。それだけの大罪人の助命を願う貴族はいないだろう。特に血縁のある貴族など連座を問われる危険性がある。

 

 逆にルートヴィッヒがその領地を拝領することに関しては、誰かが反対する。この国の兵力を束ね、国王に次ぐ指揮権をルートヴィッヒは持つ。不本意ながら宰相代行でもある。すでに軍事と政治で強大な権力を持ってしまった。その上さらに、広大な侯爵家の領地を持てば、勢力の均衡が崩れる。他の貴族が全く対抗できない状態になってしまう。それを望む貴族などいるわけがない。王領として召し上げるか、適当に割譲し、功績があったということで、誰かに下賜する方が良い。


 問題はあるが、解決できるはずだとルートヴィッヒは結論した。


 執務室に隣接する応接室で、ベルンハルトとルートヴィッヒは向かい合って座り(くつろ)いでいた。ルートヴィッヒは隣に座るアリエルの肩を抱いていた。エドワルドは、どこに座るか迷ったようだが、ベルンハルトの隣に落ち着いた。カールは一人掛けの椅子に陣取った。


 火災の後、竜騎士は王宮と各地の連絡を取るため、飛び回っていて忙しい。騎士団員も連絡のため、頻繁に訪れ、今、ルートヴィッヒの周辺は人の出入りが多い。


 アリエルがその対応と、ルートヴィッヒの宰相代行としての仕事の補佐に追われ、疲れていることは知っていた。


 多数の貴族が謁見に訪れる今日のような日は、貴族の警護のための人員が必要だ。兵舎の警護が手薄になる。


 それを口実に、謁見の間にルートヴィッヒがいた間は、アリエルを執務室で休ませていた。護衛騎士と影に警護を頼んでいた。マーガレットが付き添ってくれたのも助かった。女性でないと分からないこともあるものだ。


 ルートヴィッヒには、謁見が終わる直前のベルンハルトの発言に、気になることがいくつもあった。

「王妃の件を、なぜ侯爵に」

「火災と竜丁ちゃんの誘拐が同日だ。示し合わせていた書簡もあった。己の愚かさ故に死んだ女だ。王妃の数々の愚かな振る舞いに、以前から侯爵は関係している」

「強引ではありませんか」

「強引ではあるよ。でも、あの愚かな王妃が一人で計画できるわけがない。侯爵の入れ知恵だ」


 後宮にある水牢を見つけ、水牢へと流れ込む水門の位置を調べるなど、確かに、王妃にできることではない。だが、証言をとろうにも王妃は故人となった。

「証言がとれません」

さすがに証拠なしに、大貴族である侯爵を裁くのは難しい。


「侍女頭を捕らえた。あの石工を邪魔しようとした。水牢のことを知っていたらしい。これで後宮の風通しが良くなるよ」

「確かに、後宮は問題でした。ですが侍女頭が何を証言するかが問題です」

「何、己の保身のために、次々暴露している。私の誕生祭に侯爵の手の者が火付けすることは、知っていたらしい。伯爵家の騎士が一人足りない件もだ。王妃に諫言して、壁の中にいるそうだ。あの石工にまた壁を壊してもらいたい」

「鴉の件ですか」

「あぁ、他にも気に入らない侍女を折檻(せっかん)したり、相当だったようだ。己の罪を王妃に擦り付けようとしている可能性もあるから、信頼するかは別だ。証言を記載していた書記官が、交代を願い出たほどだ。竜丁ちゃんを襲う計画も、複数あった」

「それ以上は」


 ルートヴィッヒはベルンハルトを止めた。隣に座るアリエルに、聞かせたい話ではなかった。


 王妃が死去し、後宮を牛耳っていた侍女頭が不在となれば、後宮の問題の解決も容易となる。後宮の風通しが良くなるのはよい。だが、水牢の天井が開いたことで、別の問題が生じていた。王宮へと続く水門が開かれたため、水牢から水が引かない。やや低地にある後宮は、水牢の周囲から徐々に浸水し始めていた。未だ、水牢の入水口と排水口の水門は見つかっていない。水が止まらない以上、後宮は使えなくなる可能性が高かった。


「後宮そのものが、まだ問題になりそうですが」

良い思い出など何一つない後宮など取り壊してしまいたいが、取り壊しも手間だ。


「ラインハルト侯、後宮が水浸しになりそうだから、侯の兵舎に泊めてもらえないだろうか」

控えめな言葉を選びながらも、エドワルドの目は期待に輝いていた。


「殿下、今は人の出入りが多く、警護の問題があります」

期待しているエドワルドが可哀相だが、エドワルドの身の安全を考慮すると許可はできない。

「ならば、落ち着いてから、そちらに泊まるとしよう」

絶句したルートヴィッヒに、ベルンハルトが口元を抑えたのが見えた。


 今日は、ルートヴィッヒは弟と甥にしてやられる日らしい。

「警護の都合もありますから、一晩だけです」

ルートヴィッヒの隣でアリエルが、小さく笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ