18)執務室1
廊下で追いついたベルンハルトの襟首を掴み、執務室に着く頃には、ルートヴィッヒの気も静まっていた。
事件の規模から考えて、侯爵家の断絶は妥当だ。子供の頃に自分を庇って死んでいった護衛騎士達の敵をようやく取れたと思うと嬉しい。
カールの妹と家族離散の復讐にもなるから、カールも喜ぶだろう。侯爵の処刑も宣言された。貴族としての斬首よりも、火付けの主犯としての火刑が妥当だ。だが、宰相代行であってもルートヴィッヒが一人で決められることではない。
貴族の断絶にしろ、処刑にせよ、領地の拝領にせよ、最終決定には、御前会議での承認が必要だ。
侯爵家の断絶に反対する者はいないだろう。処刑に反対することも難しい。王都への意図的な火付けは反逆罪に当たる。宰相代行であり、王都竜騎士団団長であるルートヴィッヒに濡れ衣を着せようとした偽証罪もあり、王妃の死亡に関して、ベルンハルトは侯爵の罪とすることに決めたようだった。それだけの大罪人の助命を願う貴族はいないだろう。特に血縁のある貴族など連座を問われる危険性がある。
逆にルートヴィッヒがその領地を拝領することに関しては、誰かが反対する。この国の兵力を束ね、国王に次ぐ指揮権をルートヴィッヒは持つ。不本意ながら宰相代行でもある。すでに軍事と政治で強大な権力を持ってしまった。その上さらに、広大な侯爵家の領地を持てば、勢力の均衡が崩れる。他の貴族が全く対抗できない状態になってしまう。それを望む貴族などいるわけがない。王領として召し上げるか、適当に割譲し、功績があったということで、誰かに下賜する方が良い。
問題はあるが、解決できるはずだとルートヴィッヒは結論した。
執務室に隣接する応接室で、ベルンハルトとルートヴィッヒは向かい合って座り寛いでいた。ルートヴィッヒは隣に座るアリエルの肩を抱いていた。エドワルドは、どこに座るか迷ったようだが、ベルンハルトの隣に落ち着いた。カールは一人掛けの椅子に陣取った。
火災の後、竜騎士は王宮と各地の連絡を取るため、飛び回っていて忙しい。騎士団員も連絡のため、頻繁に訪れ、今、ルートヴィッヒの周辺は人の出入りが多い。
アリエルがその対応と、ルートヴィッヒの宰相代行としての仕事の補佐に追われ、疲れていることは知っていた。
多数の貴族が謁見に訪れる今日のような日は、貴族の警護のための人員が必要だ。兵舎の警護が手薄になる。
それを口実に、謁見の間にルートヴィッヒがいた間は、アリエルを執務室で休ませていた。護衛騎士と影に警護を頼んでいた。マーガレットが付き添ってくれたのも助かった。女性でないと分からないこともあるものだ。
ルートヴィッヒには、謁見が終わる直前のベルンハルトの発言に、気になることがいくつもあった。
「王妃の件を、なぜ侯爵に」
「火災と竜丁ちゃんの誘拐が同日だ。示し合わせていた書簡もあった。己の愚かさ故に死んだ女だ。王妃の数々の愚かな振る舞いに、以前から侯爵は関係している」
「強引ではありませんか」
「強引ではあるよ。でも、あの愚かな王妃が一人で計画できるわけがない。侯爵の入れ知恵だ」
後宮にある水牢を見つけ、水牢へと流れ込む水門の位置を調べるなど、確かに、王妃にできることではない。だが、証言をとろうにも王妃は故人となった。
「証言がとれません」
さすがに証拠なしに、大貴族である侯爵を裁くのは難しい。
「侍女頭を捕らえた。あの石工を邪魔しようとした。水牢のことを知っていたらしい。これで後宮の風通しが良くなるよ」
「確かに、後宮は問題でした。ですが侍女頭が何を証言するかが問題です」
「何、己の保身のために、次々暴露している。私の誕生祭に侯爵の手の者が火付けすることは、知っていたらしい。伯爵家の騎士が一人足りない件もだ。王妃に諫言して、壁の中にいるそうだ。あの石工にまた壁を壊してもらいたい」
「鴉の件ですか」
「あぁ、他にも気に入らない侍女を折檻したり、相当だったようだ。己の罪を王妃に擦り付けようとしている可能性もあるから、信頼するかは別だ。証言を記載していた書記官が、交代を願い出たほどだ。竜丁ちゃんを襲う計画も、複数あった」
「それ以上は」
ルートヴィッヒはベルンハルトを止めた。隣に座るアリエルに、聞かせたい話ではなかった。
王妃が死去し、後宮を牛耳っていた侍女頭が不在となれば、後宮の問題の解決も容易となる。後宮の風通しが良くなるのはよい。だが、水牢の天井が開いたことで、別の問題が生じていた。王宮へと続く水門が開かれたため、水牢から水が引かない。やや低地にある後宮は、水牢の周囲から徐々に浸水し始めていた。未だ、水牢の入水口と排水口の水門は見つかっていない。水が止まらない以上、後宮は使えなくなる可能性が高かった。
「後宮そのものが、まだ問題になりそうですが」
良い思い出など何一つない後宮など取り壊してしまいたいが、取り壊しも手間だ。
「ラインハルト侯、後宮が水浸しになりそうだから、侯の兵舎に泊めてもらえないだろうか」
控えめな言葉を選びながらも、エドワルドの目は期待に輝いていた。
「殿下、今は人の出入りが多く、警護の問題があります」
期待しているエドワルドが可哀相だが、エドワルドの身の安全を考慮すると許可はできない。
「ならば、落ち着いてから、そちらに泊まるとしよう」
絶句したルートヴィッヒに、ベルンハルトが口元を抑えたのが見えた。
今日は、ルートヴィッヒは弟と甥にしてやられる日らしい。
「警護の都合もありますから、一晩だけです」
ルートヴィッヒの隣でアリエルが、小さく笑った。




