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17)謁見の間4

 一切の声が途絶えた中、ベルンハルトの声が響いた。

「ラインハルト侯は竜騎士だ。竜騎士は竜に乗るが故、馬には絶対に乗らない」

竜騎士は竜に乗る。馬には乗らない。竜のほうが速いため、竜に乗れたら馬に乗る必要はないと、竜を知らない者達は考えがちだ。


 竜は竜で不便な時もあり、時に馬の方が役に立つ。だが、竜騎士達は馬に乗ることはない。竜騎士達は、馬に乗らないのでなく、馬に乗れないということは、竜騎士や竜騎士が身近にいる人間であれば常識だ。


「馬鹿な。馬に乗らないだと。乗っていたはずだ」

確かに、侯爵の言う通り、ルートヴィッヒは子供の頃は馬に乗っていた。乗馬は好きだった。


「随分と昔のことを、よくご存じでいらっしゃいますね。確かに、竜騎士見習いになる前は乗っていました」

ルートヴィッヒが微笑んだ。

「馬の匂いがすると竜が嫉妬して、人を乗せなくなります。特にトールは気位が高い。私など、馬車に乗るだけで、毎回一騒動(ひとそうどう)です。竜に乗る以上、馬には絶対に乗れません。竜騎士の常です」


 馬車に乗るときは、あらかじめ理由をトールに伝え、トールの了解を得ておく必要があった。そうでないと機嫌が悪くなる。ルートヴィッヒは一度だけ、馬車酔いが酷いアリエルを外出させるのに、馬に一緒に乗っていいかとトールに聞いたことがある。トールは、不機嫌そうに鼻を鳴らし、尾で地面を打つと、尻をこちらに向けて丸くなり、ルートヴィッヒを完全に無視した。アリエルに王都の市くらい見せてやりたいが、近くにトールが着地できる場所がない。結果、アリエルは王都にいるというのに、王都の華やかな場所を知らない。


 その埋め合わせか、北の領地では、トールは人の入れない場所、おそらくは竜達にとって秘密の場所にアリエルとルートヴィッヒを連れて行ってくれる。アリエルは楽しそうだから、それできっといいのだろう。


「馬鹿な」

侯爵の震える声が落ちた。貴族の男性にとっての乗馬は日常だ。馬に乗れないというのは、想像ができないのだろう。馬に乗れないというのは、それはそれで困ることが多い。竜は飛び立つにも着地するにも、ある程度の広い場所を必要とする。周囲の建物の高さも考慮する必要がある。王都にはそういった場所が少ない。今回の火事も、竜が離着陸できる水場のある広場がなければ、被害はさらに甚大なものとなっていた。


 実力主義の竜騎士は、名誉ある職で王国の男の多くが一度は憧れる存在だ。実力さえあれば、身分に関係なく竜騎士になれることから、様々な出自の者が集っている。それ故に、選民意識の強い貴族達からは蔑視(べっし)されている。竜騎士を蔑視(べっし)する侯爵は、竜騎士が馬に乗ることが無いという常識さえ知らなかったのだろう。


 猿轡(さるぐつわ)を噛まされた侯爵は引き立てられていった。


 謁見の間は静かになった。

「東方竜騎士団副団長カール、大儀であった」

「ありがとうございます」

「ラインハルト候、火災現場での働きは、見事であったと聞いておる。すでに、町の者から、感謝の言葉もあるそうだ。そのような貴殿に、不快な思いをさせたこと詫びようぞ」

「もったいないお言葉でございます。町の者の協力、特に自警団の働きは素晴らしいものでした。自らが被災しながらも、彼らは危険な場所に踏み留まり、我々竜騎士への協力を惜しみませんでした。どうか、彼らに褒美を授けていただけましたら幸いです」


 ルートヴィッヒは跪いた。実際、火の粉を浴びた竜騎士達は、彼らに何度も助けられていた。町の消火のために、竜騎士が飛び続けることができたのは、水場を守り、竜騎士や竜に水を飲ませて、水をかけ続けてくれた彼らの協力が大きかった。


 ベルンハルトの言う切り札は、カールとカールが連れてきた男達だったのだろう。カールが無事で良かったし、本物の火付けの犯人を連れてきたのも助かった。心配していたのに、無事を今まで知らせなかったカールに、あとで薄情だとでも、言っておこうか、トルナードも喜ぶだろうと、ルートヴィッヒは考えていた。


「侯爵家は、この度の火付け、さらに、今回の火災に乗じての王妃殺害の件にて、取り潰しだ。侯爵領に関しては、今回、最も功績のあった、ラインハルト候の所領とする。では、本日の謁見はここまでとする」

ベルンハルトが一息に告げた重大情報に、広間がどよめいた。


 行方をくらましていたカールが無事だったことに気を取られていたルートヴィッヒは、反応が遅れた。


「聞いておりません」

ルートヴィッヒが叫んだ頃には、すでにベルンハルトは謁見の間を後にしていた。すぐにルートヴィッヒが追いかけ、その後ろにカールが続いた。


「ベルンハルト、どういうことだ! 領地など不要だ、これ以上私の仕事を増やすな! 」

直後に、廊下から聞こえてきたルートヴィッヒの怒号に、貴族達は顔を見合わせた。肩を竦ませたり、苦笑する者も多かった。


 御前会議での二人の会話、執務室での様子から、二人の仲の良さは貴族の間では常識になりつつある。


「父上とラインハルト候は仲が良いからな。私はお二人に兄弟喧嘩は執務室でやるようにと進言してくる。皆の者、本日はご苦労であった」

エドワルドは護衛騎士を伴い、出て行った。


 すぐに廊下は静かになった。


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