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15)謁見の間2

「ほう」

ベルンハルトは身を乗り出して見せた。ベルンハルトの誕生祭当日に、人がいなかった教会での火災というのは不自然だった。火付けであるとは、火災発生当初から噂になっていた。誰が火をつけたかという憶測も飛び交っていた。


「そこにおられますラインハルト候が、火付けの現場から立ち去るのを見たという男達がここに居ります」

全員がルートヴィッヒを見た。

「ラインハルト侯、先ほどの侯爵の言葉は真か」


 ベルンハルトの言葉にルートヴィッヒは嘆息した。侯爵は火元が貧民街であることを知っていた。火付けを指示した可能性が高い張本人に、濡れ衣を着せられるとは、ルートヴィッヒは予想もしていなかった。

「私は、警備のため王宮の上におりました故、王都の火災現場に向かったのは、陛下に火災の発生をお伝えしてからです」

下らないと言いたかった。火付けをしたのであれば、なぜ消火活動で一晩あれほどの苦労をしたのだ。アリエルの身の危険を承知で、火災現場にとどまったのだ。部下や竜を危険にさらしたのだ。


 ルートヴィッヒは、喉元まで、出かかった言葉を飲み込んだ。明らかに何か企んでいるベルンハルトに、この場を任せることにした。


「たばかるな。貴殿を見たという者がいるのだ」

侯爵は先ほどから、彼の後ろにいた、場違いなみすぼらしい身なりの男達を前に突き出した。

「この者たちだ。お前達、見たものを言え」

指された男がルートヴィッヒを見た。


「あの旦那が、あの夜、教会から出てきたら、教会が燃えたんで」

「お前が見たものが、この男という証拠はあるのか」

「間違いようもないっす、だって、顔の傷が見えたから」

あちこちから小さく驚きの声があがった。


「ラインハルト候、申し開きはあるか」

警備兵が素早く、ルートヴィッヒの両脇に立ち、その前に槍を交差させていた。罪人を捕らえる時の方法だ。


「先ほど、申し上げた通り、私はあの晩、警備のため王宮の上を飛んでおりました。王都の火災現場に向かったのは、陛下に火事をお伝えしてからです。持ち場を離れるようなことはありません。また、火災現場に向かう直前まで、有事に備え武装しておりました。兜を被っておりました故、人相が分かるとは思えませんが」


 間近に見える警備兵の顔からルートヴィッヒは視線を(そら)した。護衛騎士を信頼してのことだろうが、ベルンハルトはどうも人使いが荒い。ベルンハルトが、ルートヴィッヒに伝えない切り札を、護衛騎士達には教えているのかと思うと、あまり良い気持ちではない。


 貴族達は顔を見合わせていた。宴会場に、武装したまま騒々しく現れたルートヴィッヒを見ていた者は多い。

「冤罪では」

「宴会場で、貧民街の火事と最初に言ったのは侯爵だそうですよ」

「貴殿もご存じか」

「鎧兜での火付けなど。特にあの方の兜は目立つというのに」

彼方此方で、囁き声が聞こえた。噂の効果はあったらしい。


「静粛に! 火付けを見たという者達が、ここにいるというのに、騒々しい」

流れが己の不利になったことを察したのか、侯爵が声を荒らげた。


「では、武装して兜をかぶり、ほとんど人相など分からない状況なのに、なぜか顔の傷を見られた私は、その場所からどのようにして王宮へ戻り、宴会場のバルコニーに着地したのでしょうか」

ルートヴィッヒはベルンハルトの茶番に付き合ってやることにした。


「竜で飛べばいいだろうが」

「王都上空の飛行は、申請の上、陛下の許可が必要です。また、昨夜のように王宮で宴が開かれる際には、王宮の警護は、私を含め竜騎士が担います。飛ぶ範囲は定められています。王都上空を竜がどのように飛んでいたかは、見張り台の記録で確認できます」


 かつて、上空の見張りは王宮だけだった。ルートヴィッヒの代になり、王都全体に見張り台を配置した。王都上空を無許可で飛ぶ竜がいた場合、角笛や鐘で通報するように整備した。角笛も鐘も、年に数回鳴るか鳴らないかだ。見張り台の強化は案外知られていない。


「馬だ、旦那は馬で帰った。俺は見た」

男が叫び、広い謁見の間がざわめきに包まれた。


「貧民街の教会から王宮ならば、馬であればさほど時間はかかるまい。貴殿は火付けをして、馬で王宮に帰り、そしらぬ顔で警備など、陛下を愚弄(ぐろう)するにも甚だしい」

侯爵が高らかに叫んだ。


 貴族達の囁き声は徐々に大きくなりつつあった。侯爵の耳には、それが聞こえていないらしい。


「そうか馬か、馬に乗ってその火をつけた男は去ったのだな」

ベルンハルトは確かめるようにいった。

「そうだ、王様、そのとおりだ」

「ご覧のように、この男もそう申しております」

ベルンハルトが微笑んだ。侯爵の言葉が嘘であることは明白になった。もう十分だと判断したのだろう。


「その者達を捕らえろ。侯爵もだ」

「なんでオレが、侯爵様! 話が違うじゃねぇか」

男達は喚いた。


「無礼者、私は侯爵だ。貴様ら誰の許しがあって」

「私の命令だ」

侯爵の声を、ベルンハルトは遮った。


「侯爵、あなたは重大な間違いを犯した」

ルートヴィッヒは微笑んだ。選民意識に囚われた男が、その偏った思想で罠に自ら堕ちたと思うと、少々愉快だった。


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