14)謁見の間1
数時間の仮眠でもないよりはましだ。誕生祭の夜は、夜明けまで消火と救助のため飛んでいた。
一度王宮に戻り、アリエルの無事を確認した。ベルンハルトに報告した後に、数時間の仮眠をとった。目覚めてからは、避難所の対応を協議し、物資の輸送と、現地確認のために何度も飛んだ。
夜は火事場泥棒警戒のため、地上を騎士団が見回り、竜騎士は、交代で夜空を飛んだ。
遠方への連絡に飛んだ者も、最低限の休憩だけで王都との間を往復している。竜騎士も竜も、地上の騎士団も、全員が仮眠に次ぐ仮眠である。有事のようだった。
途中、見つかった王妃の遺体を一度見た。義妹のはずだが問題の一つが片付いたとしか思えなかった。そのあと、ベルンハルトとエドワルドとアリエルと四人で食事をした。食事らしい食事は、あの一度きりのような気がする。あとは、合間に何か口にしただけだ。
マリアに予定の時間に叩き起こされたルートヴィッヒは、礼服に着替えるとアリエルを伴い、王宮に向かった。
「相手の出方次第だ」
執務室で打ち合わせはしたが、持っている情報が増えるわけではない。ベルンハルトも厳しい表情を浮かべていた。
「切り札はあるけど、今は言えない」
ベルンハルトの言葉に、ルートヴィッヒは、それ以上を聞くことは諦めた。
マーガレットの提案で、火災の翌朝から、王宮で働く者達の間に噂を広めておいた。
「宴会場にいた侯爵が、火災が発覚した瞬間に、たかが貧民街が燃えているだけで大げさなと言っていた」
実際に、マーガレット以外にも聞いた者達がいたためか、噂は広がるのが早かった。噂がどこまで有効かはわからないが、侯爵の権威を弱めることはできないかと、期待してのことだ。
謁見の間に、貴族たちが揃っていた。
ベルンハルトも、ルートヴィッヒも、エドワルドも、喪を示す黒い喪章を身に着けていた。誰のため、とは明言していない。愚かな行いが故に亡くなったとはいえ、シャルロッテは王妃だった。彼らの妻であり母であり義理の妹だ。あるいは、火事で失われた命もあった。それら故人のための喪章だ。
これが、アリエルのためのものとなったかもしれない。ルートヴィッヒは執務室で、マーガレットに付き添われて自分の帰りを待っているアリエルを思った。直前まで、アリエルを側に置こうとしたルートヴィッヒを、彼女は仕方ないと笑って受け入れてくれた。
謁見の間には、沢山の貴族が集っていた。宰相代行であるルートヴィッヒは、今回の火災について、被害状況と現在の被災者の状況を説明した。
貴族は、王都の火事に様々な反応を示した。すでに王都の屋敷にいる私兵を提供し、庭を開放している貴族もいた。避難民の食糧支援などの物資の提供を申し出る貴族もいた。すでに王都に到着している物資もあった。
ベルンハルトは、それらの貢献全てに丁重に礼を述べた。全てベルンハルトの民のためである。国王への貢献を示す絶好の機会でもあるのだ。
「貧民のために、陛下が自らがご尽力下さるなど、もったいない。どうぞ私にお任せください」
侯爵の発言は、虚しく響いた。侯爵の選民意識の強さは有名だ。新興の貴族すら認めようともしない。そんな侯爵が、貧民街の火災の被災者支援を担うといったところで、信用する者などいなかった。実際、彼は、火事が起きてから今までの間、何一つ救済のための措置を行っていなかった。
ベルンハルトが宰相代行に任命しているのは庶子のルートヴィッヒだ。御前会議にルートヴィッヒが出るようになり、国王の政治が国の隅々まで届くようになりつつあった。
王国全土を覆う竜騎士の情報網を、ルートヴィッヒは握っているのだ。根回しや賄賂が不要となり、御前会議の透明性が高まったことを、地方貴族、弱小貴族は喜んだ。
竜騎士の実力主義は有名だ。その象徴がルートヴィッヒが書記官として重用するアリエルだ。賎民として扱われる流民の血を引いた女であっても、有能であればよい。アリエルの存在に、王宮の書記官、侍従、侍女の採用を希望し王宮を訪れる者が増えた。身分に関係なく、実力で登用されていった。逆に、解雇された者も少なくなかった。
国王ベルンハルトと、宰相代行ルートヴィッヒの考え方は明白だった。侯爵の考え方とは相容れないことも、白日の下にさらされつつあった。ベルンハルトとルートヴィッヒの兄弟と、侯爵の対立は徐々に深まりつつあった。
侯爵の言葉は、虚しく響くだけだが、本人は気づいていない。
「貧民などよりも、今回の火事に関しては、より重大なことがございます。陛下」
侯爵は明らかに上機嫌だった。
「貧民街の火事につきまして、火付けであるという報告がございます」
謁見の間のあちこちで、息を呑む音がした。




